2012/05/17.Thu
いぢわるな・・・ (染付亀甲文盃 岡晋吾)
伝世品によろめいたと思ったら、現代作家さんに吸い寄せられたりもする。
別にふるいものにこだわっている訳ではないので、今起こっていることにも興味はあるのだ。
だってどんなものにも、それが生まれた瞬間というものがあるのだものね。
という訳で、ふらふらと入った器屋さんで、気づけばこれをしっかり握りしめていた。

唐津『天平窯』で作陶されている、岡晋吾さんという作家の方のものなのだそうだ。
(すいません・・・存じ上げもせず〇〇先生とかというのは、なんだか気恥ずかしく。。)
色んなものを作られていて面白かったけれど、この方の古伊万里の解釈には
思わずどきっとしたのである♪(お店の方曰く、とにかく研究熱心な方なのだそうだ。)
とうに有名な作家さんなので、現代ものにうとい私がごちゃごちゃいうまでもないのだが、
ふるい器のようにスピード感もシャープさもあって、それでいてどこかユーモラスで、
これは「今」生まれている「もの」なんだなぁと思うと、なんだかときめいた。

(胴径 6.5cm)
ところでこれは酒器で、こんな風に何故か口すぼまりでお尻の大きいものだから、
もしかすると相当あおらないと飲めないかも・・・とは思ったのだけれど、でも欲しかった。
というか、そういうちょこっといぢわるな感じが、しゃれこんでいるように思う。
ちょっとぐらい苦労してもこれで呑んでみるぞ~とファイトが沸いてくる。
この先「それぐらいの苦労は厭わない」と思わせる器になってくれれば、
それが伝世のはじまりだなぁ、うふふ♪

ところでこの盃、少し前に個展をされたときの残り福なのだそうである。
個展は大盛況だったそうで、これが今手許にあるのはなんだか不思議。。
別にふるいものにこだわっている訳ではないので、今起こっていることにも興味はあるのだ。
だってどんなものにも、それが生まれた瞬間というものがあるのだものね。
という訳で、ふらふらと入った器屋さんで、気づけばこれをしっかり握りしめていた。

唐津『天平窯』で作陶されている、岡晋吾さんという作家の方のものなのだそうだ。
(すいません・・・存じ上げもせず〇〇先生とかというのは、なんだか気恥ずかしく。。)
色んなものを作られていて面白かったけれど、この方の古伊万里の解釈には
思わずどきっとしたのである♪(お店の方曰く、とにかく研究熱心な方なのだそうだ。)
とうに有名な作家さんなので、現代ものにうとい私がごちゃごちゃいうまでもないのだが、
ふるい器のようにスピード感もシャープさもあって、それでいてどこかユーモラスで、
これは「今」生まれている「もの」なんだなぁと思うと、なんだかときめいた。

(胴径 6.5cm)
ところでこれは酒器で、こんな風に何故か口すぼまりでお尻の大きいものだから、
もしかすると相当あおらないと飲めないかも・・・とは思ったのだけれど、でも欲しかった。
というか、そういうちょこっといぢわるな感じが、しゃれこんでいるように思う。
ちょっとぐらい苦労してもこれで呑んでみるぞ~とファイトが沸いてくる。
この先「それぐらいの苦労は厭わない」と思わせる器になってくれれば、
それが伝世のはじまりだなぁ、うふふ♪

ところでこの盃、少し前に個展をされたときの残り福なのだそうである。
個展は大盛況だったそうで、これが今手許にあるのはなんだか不思議。。
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2012/05/15.Tue
過ごした時間と過ごす時間

土曜の夜、のんちゃんのお帰りが少々早かったのでおやつをいただく。
もちふわっとした、京都「ひつじ」のドーナツ。お友達が買うというので、一緒に買ってみた。
食べるときにまぶしつけるお味は、和三盆ときなこを選ぶ。
お皿は素朴に緑印判で・・・こんなドーナツならもっと食べれそう♪
日曜の朝もお友達ご推奨、京都「ボン・ボランテ」の塩食パンをいただく。

常日頃朝はあんまり食欲がないのだけれど、これは美味しくいただいた。
ドーナツにしろパンにしろ、丁寧に作られたものって美味しいんだね、やっぱり。

パンのお皿は「十勝の木のうつわ」のリム皿。
イタヤの埋もれ木・・・数百年川底に眠っていた木のもの。
父が亡くなったとき、葬儀やら何やら全て済ませ、カフェでひと息ランチを食べたときに買った。
そういうと、なんだか不謹慎に聞こえるのかもしれないけれど・・・。
そのときは、何かよすがとなるものが欲しかったんだと思う。
イタヤの埋もれ木と聞いて、ふと子供の頃父とクルミを取りに入った秋の山の
濡れた落ち葉やひんやりと流れる沢を思い出したのだ。
奥底に沈んでいた自分の思い出より遥か昔から水底に沈んでいたその木に、
そのことを託しておきたかったのだと思う。
そうして、時々このお皿を取り出す朝に、確かにそのことを振り返っている。
のんちゃんがお休みを取れたことに、ほっとしながら・・・。
↓以下は日曜日の備忘録
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2012/05/12.Sat
大和撫子 (京焼色絵撫子文振出)
ちっちゃなお道具にヨワい。
なので身の程をわきまえず、香合なんかに手を出したりする。
そんな訳で、茶箱・茶籠などときたら、もう、お子様にとってのオモチャの缶詰みたいなものだ。
(美味しいお茶も点てられないくせに、ほんとに身の程知らず・・・。)
以前、これはツボだ♪という茶箱を手に入れた。
箱も棗も古びて愛らしく、何より茶碗に魅せられた。
実はそれまであまりお好みとは思っていなかった古萩で、
その茶碗を見て、唐津ではない、古萩というものの魅力が初めて分かった気がした。
さて、その茶箱はまだ完成しているとは言えず、茶巾筒とか振り出しとか、
いろいろ妄想は重ねたのだけど、横着者にはなかなかよい出会いが無い。
あの冷え寂びたような、でも不思議と女性の持ち物でもよいような古萩に合う、
そういう道具組みをなんとかしてみたいのだけれど。
そんな中、先日の宋胡録の豆香合、あれが組まれていた茶籠に遭遇したのだった。
なんということか、それはまさにこんな風に組めたら、と夢見た道具組みなのである。
お道具はこれ見よがしではないけれど十分吟味されて遊びもあり、裂は茶系でまとめられ、
網袋と袱紗は紫で・・・こりゃきっと、相当好い男の持ち物だったに違いない♪
茶碗は激渋い唐津で、ううむ・・・これでのんちゃんに一服進呈せねば!と妄想するに
十分ではないか。
それにしても参ったのは、そこに登場する小物たちが古萩で妄想したイメージそのまま
だということなのだった。
こうなると、古萩をどうしてあげれば良いのかさっぱり分からない。
開き直って、籠と箱で時に応じて小物を行き来させようかと思って入れてみると
結構良いので、ずるいけれどももうこれで完成ということにしてしまおうかとも思う。
うーん、ここは資金力も乏しいことでもあるし、もうしばらくこの貧相な想像力を鍛えてから、
これはという道具組みにチャレンジするべきであろうか。
長々書いてみて、我ながら茶籠の妄想力に驚く次第である。
さすがに妄想の産物をUpするのははばかられるので・・・

これはそのお道具に追加された振り出しである。
菓子入れは青磁の好いのが入っているのだが、籠に隙間があったので追加した
との道具屋の主の弁。全体のトーンよりかは少し若いかもしれない。
色絵の入らない道具組みに足された、京焼の中では控えめな色味のこれは、
激渋唐津男への大和撫子からの贈りもののようでちょっと微笑ましい感じ。
実はこれを外せば無理やりもう一碗入りそうで、のんちゃんとふたりの野点なら
撫子姫抜きもありかなぁ・・・とそんなことまで妄想してみるのである。

なので身の程をわきまえず、香合なんかに手を出したりする。
そんな訳で、茶箱・茶籠などときたら、もう、お子様にとってのオモチャの缶詰みたいなものだ。
(美味しいお茶も点てられないくせに、ほんとに身の程知らず・・・。)
以前、これはツボだ♪という茶箱を手に入れた。
箱も棗も古びて愛らしく、何より茶碗に魅せられた。
実はそれまであまりお好みとは思っていなかった古萩で、
その茶碗を見て、唐津ではない、古萩というものの魅力が初めて分かった気がした。
さて、その茶箱はまだ完成しているとは言えず、茶巾筒とか振り出しとか、
いろいろ妄想は重ねたのだけど、横着者にはなかなかよい出会いが無い。
あの冷え寂びたような、でも不思議と女性の持ち物でもよいような古萩に合う、
そういう道具組みをなんとかしてみたいのだけれど。
そんな中、先日の宋胡録の豆香合、あれが組まれていた茶籠に遭遇したのだった。
なんということか、それはまさにこんな風に組めたら、と夢見た道具組みなのである。
お道具はこれ見よがしではないけれど十分吟味されて遊びもあり、裂は茶系でまとめられ、
網袋と袱紗は紫で・・・こりゃきっと、相当好い男の持ち物だったに違いない♪
茶碗は激渋い唐津で、ううむ・・・これでのんちゃんに一服進呈せねば!と妄想するに
十分ではないか。
それにしても参ったのは、そこに登場する小物たちが古萩で妄想したイメージそのまま
だということなのだった。
こうなると、古萩をどうしてあげれば良いのかさっぱり分からない。
開き直って、籠と箱で時に応じて小物を行き来させようかと思って入れてみると
結構良いので、ずるいけれどももうこれで完成ということにしてしまおうかとも思う。
うーん、ここは資金力も乏しいことでもあるし、もうしばらくこの貧相な想像力を鍛えてから、
これはという道具組みにチャレンジするべきであろうか。
長々書いてみて、我ながら茶籠の妄想力に驚く次第である。
さすがに妄想の産物をUpするのははばかられるので・・・

これはそのお道具に追加された振り出しである。
菓子入れは青磁の好いのが入っているのだが、籠に隙間があったので追加した
との道具屋の主の弁。全体のトーンよりかは少し若いかもしれない。
色絵の入らない道具組みに足された、京焼の中では控えめな色味のこれは、
激渋唐津男への大和撫子からの贈りもののようでちょっと微笑ましい感じ。
実はこれを外せば無理やりもう一碗入りそうで、のんちゃんとふたりの野点なら
撫子姫抜きもありかなぁ・・・とそんなことまで妄想してみるのである。

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2012/05/09.Wed
ひとごと (宋胡録豆香合)
自分にとって自分というのは自由に扱える存在ではないらしい。
お天気と一緒で、御することなどできないのかもしれない。
まぁ、一番身近にある「自然」ということになるのであろうか。
・・・などと冷静を装っても仕方が無いのだけれど、要するに調子が悪い。
いつもの不調だと、一時的に鬱状態に戻ったような具合になるのだけど、
今回は、今のところ日常生活は送れている。
ただ、すっかり自分が空っぽになったような気がしている。うん、ほんとに空っぽ。。
離人症状といわれるものもあるようだ。
正直つらいところで困っているのだが、これ以上酷くならないよう祈りつつ、
通り過ぎるのを待つよりほかない。

近ごろいわゆる伝世品的骨董界からはたまたま遠ざかっていたけれど、
それにはこんな大事にくるまれたちっちゃなものが入っていた。

異国で発掘されて伝世した。
日本のものにはない、のんびりした様子が、一緒に組まれている物たちの緊張を和らげている。
そういう言語化できないような繊細な「間合い」を、物と物との組み合わせにおいて造り出す感覚、
そういうところが日本であると思う。
それにしても・・・もうちょっとこの不調が遠のいてくれないと、この可愛らしさもひとごとのようで、
とても残念なのである。

(直径3.8cm)
お天気と一緒で、御することなどできないのかもしれない。
まぁ、一番身近にある「自然」ということになるのであろうか。
・・・などと冷静を装っても仕方が無いのだけれど、要するに調子が悪い。
いつもの不調だと、一時的に鬱状態に戻ったような具合になるのだけど、
今回は、今のところ日常生活は送れている。
ただ、すっかり自分が空っぽになったような気がしている。うん、ほんとに空っぽ。。
離人症状といわれるものもあるようだ。
正直つらいところで困っているのだが、これ以上酷くならないよう祈りつつ、
通り過ぎるのを待つよりほかない。

近ごろいわゆる伝世品的骨董界からはたまたま遠ざかっていたけれど、
それにはこんな大事にくるまれたちっちゃなものが入っていた。

異国で発掘されて伝世した。
日本のものにはない、のんびりした様子が、一緒に組まれている物たちの緊張を和らげている。
そういう言語化できないような繊細な「間合い」を、物と物との組み合わせにおいて造り出す感覚、
そういうところが日本であると思う。
それにしても・・・もうちょっとこの不調が遠のいてくれないと、この可愛らしさもひとごとのようで、
とても残念なのである。

(直径3.8cm)
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2012/05/06.Sun
ちょっと脱出 (備忘録・金沢へ)

5日、好天の金沢・卯辰山より・・・。分かりにくいけど、雪の残る白山も眺望できる。
この日は朝から寺井町の九谷焼の茶碗祭りを楽しんだ後、金沢に入る。
近江町市場に行って、筍や加賀野菜などを実家に送り、自宅用には富山の白海老を。
お寿司を買って、卯辰山でお昼ご飯にすることに・・・。
どすん!!「えっ!?」気づくと手許にあったはずのお寿司が消えている!!
???ふと見るとお寿司が幾つか足元に散らばっているではないか!
でもなんだか少ない・・・。
「うわっ、トンビだ!」あぁ・・・少なく見積もっても海老とタコと玉子は盗られている!!
皆さん、晴れた日のお山の上は気をつけましょう。
仕方なく、のんちゃんのお寿司をちょこっと恵んでいただいたのであった。
(上の画像の右端の黒い点が、憎っくきトンビで・・・。)
この後は新竪町商店街をぶらついて、骨董屋さんや雑貨屋さんを覗いたりして過ごす。
帰りは山代温泉の総湯に浸かり、晩ご飯は敦賀のヨーロッパ軒でソーツカツ丼。
混雑を避けて小浜まで周って名田庄から美山町へ抜けて帰ってくる。
おまけ↓ のんちゃんがお休みのあいだのおやつの記録。
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