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2019/03/04.Mon

桃の節句に (京焼釉裏紅の唐子文徳利・和硝子雛徳利・流し雛・一刀彫雛)

今年は桃の節句が日曜日だった♪
(もうずっと・・・ン十年、祝日になるのを待ってるんだけどなー、女子としては!)
ということで、自分で自分をお祝いするのである。

いつものスーパーで、桃の枝を買おうかな、って思ったけれど、
なかなか水揚げのよい枝には出会えないし、一緒に入っている洋花も
色合いはきれいだけど、なんかちがうなーってものが多く、躊躇った。
・・・というか、同じ値段なら「根」のある花を買おうとうする三毛庵である。
いっそ桃の枝を挿し木しようかとも思ったけれど、
無加温では旧暦のころに咲くことを思い出し、「ないな。」

ということで、諦めて野菜売り場へ進んだところ・・・
なんと、おつとめ品売り場に、昨日買った菜花よりもずっと活きのいい菜花が!!

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ということで、野菜にしては咲き進んだ菜の花を2本、お雛様に進呈。
(水切りしたら、すっかり生き返ったよ!)
やっぱり桃色が欲しいなーと思い、庭で元気に咲いていたおつとめ品のプリムラをカット。
(これも洋花だけど、庭の花はあんまり余所余所しくないから気にならない。)

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「桃色」というのは桃の花の色のことなので、こんな色だと思うんだけど・・。
ちなみに「ピンク色」っていうのは「撫子(pink)」なのだそうだけど。。

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うちには桃の節句に似合いそうな、上品な花入というものがなく、
思いついたのは少しだけ昔の京焼徳利
骨董というほどには古くないと思われ、時代にしてはお高かったので躊躇ったけど、
しっとりとした品の佳さについ連れ帰ってしまったもの。
唐子文もすごく上手で、こんなの描ける人がいるんだなーって思った。
染付の色が上品なのだけど、同じぐらいの濃淡で紅い色も挿してあって、
たぶんこれは釉裏紅(辰砂)じゃないかなぁ、って、、
上手に焼くの難しそうだなーとか勝手に思っているんだけど。

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昨日のお雛様スペースはこのような感じ。

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この流し雛はおそらく鳥取の民芸品で、今も売られているようで古いものではない。
市をぶらぶらして見つけた戦利品で、売れ残る前にお迎えし、旧暦まで飾るつもり。
簡素だけど、なかなか美しいもので、今もこういうものがあるのかと思うとちょっと嬉しい。
鳥取は用瀬が流し雛の里であり、大好きな梨を買いに行く際に時折通るので、これもご縁である、きっと!

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いつも飾っている一刀彫のチビ五人囃子のお仲間にチビお雛様が増えました!!
(確か信州のちょびっと高地で、エセ高山病になってゲロゲロになった後、
松本で息を吹き返したときに、手に入れた、、、気付け薬!?)

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晩ご飯も、自分でご馳走を作る。。
お昼の焼きそばで紅ショウガを食い尽くした後のちらし寿司、
一晩、飼ってから成仏いただいた蛤に三つ葉、
咲いた花を飾った残りの菜花の辛し和え、
ヒレカツに春キャベツ千切り、
塩を切らして失敗しかけた白菜漬け(ちなみに人生初作成。)

いや、ここで言いたかったのは、お寿司を盛った漆器が
喜多方の給食漆器(国産漆も使用)っていうやつということ。
先日秋田で買って、やっとデビュー。(ばたばたして使いたくないからね。)
吸い物椀は浄法寺で、これも国産漆使用。
きっとどれも100%ではないけれど、贅沢な夕餉である。
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ものたち | Comments(0)
2019/03/01.Fri

弥生、部屋を眺める (京焼?の舟形豆皿)

弥生、へとへとになりながら、金曜の夜が惜しくて頑張って起きている。
お庭のお手入れがほぼほぼ済んだので、今度はお部屋のほうをなんとかしたいのだが。
もう3年になるというのに、本棚の本を好みの順にできていないとか、
飾ろうと思ったふるものをすんなり取り出せないとか、まだすることがたくさんあるのだ。

年末にお節を作っていた時に、姪にスライサーやピーラーがないと言われたので、
必要ないと答えると、「この家には必要のないものはいっぱいあるのに」と
つぶやかれた(笑)。
確かに三毛庵の包丁さばきではそういう道具はあっていいのかもしれないが、
急ぐ必要がないのなら、包丁のほうが当りが優しくて、なんかがさがさしない。
それに必要のないものというのは人によって違うもので、三毛庵にとって必要のない
そのような道具を置く場所があれば、人様から見て無駄に多いお皿を収納したいのである。
「人によって違う」というのは当たり前のことであるが、
なので何故に世にこれほどまでにミニマリストが多いのかは不思議である。
今の世の中の主体はものではなく、情報のせいなのか、本ですら積読をする人もいないようだ。
三毛庵はスキマの時間に読もう、と思った本や、見て考えよう、って思ったものや
絵や、いっぱい散らかしている。
そういうのって家事などしながら、ちらと目に入っただけでも考えているものだ。
「もの」というのは現世では圧倒的な現実であり、また儚いものである。
だからできるだけ可視化して、それについて考えるチャンスを作りたい。
部屋をきれいにすると気持ちも整うというのは御尤もで、さざ波一つ立たない
静かな心で居たい時も当然あるが、混沌と森羅万象に思いを馳せるときもあるのである。
だから、片付いていたり、散らかっていたり、それはそれでいいように思う。
洲之内徹が、画家の松田正平のアトリエのことを
「散らかっている、散らかっているが汚らしくはない。」と書いていたかと思う。
(人の眼を意識したようなものがない、って書いていたかな?後で調べよう。)
そういうところがカンジンなのだ。
散らかっていても片付いていても、何かに流されてそうなっているなら、結局あんまり違いがない気がする。
・・因みに三毛庵、ン十年前、結婚前はミニマリストだった。
当時は買ってまで欲しいようなものが見当たらず、ホコリがたかることを考えると
必要のないものを置く気がしない、という合理主義者?だった。
まぁ、若いころって「もの」の確かさ、よりも「見えないもの」のほうが崇高に思えるしね。
確かに「もの」は儚いが、「もの」と戯れられるのも現世のあいだだけなのに。。
(・・・というのは三毛庵の今の価値観なのである。
因みにこんまりさんとかも尊敬している、何故なら彼女には愛があり、自分の価値観も明確だからだ。)

なんか話がおかしなほうへ、そうそう、ものを愛でるために整理整頓をしたいのはそうなのだ。
まぁ、ぼちぼちやっていこう。

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このようなものなど、姪っ子のいう、「必要のないもの」であろうな(笑)。
自分でも、つい、「なんかに使えんかなー」などと思って、
焼き飯やカレーを食すとき、スプーンを載せて提示してみたりした。

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やきものの舟ってかわゆす。
段々がついているのも造形的にいい感じがする。
ちょっとぬらっとしたような釉薬も、なんとなくいじりたくなるんだなー。

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舳先に「亀亭」って書いてあって、これって和気亀亭のことかな??京焼
多少はふるいものだと思うけど、みっつしかなかったせいか、哀れなお値段であった。

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だけど、やきものをみていると、果たして技術は進歩したのか、
あるいは人の感性はどうなのか、と現代に生きる自分の驕りをおもったりする。

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ものたち | Comments(0)
2018/01/08.Mon

こころがまえというもの (京焼?型物盃)

ふるもの歴が長くなってくると、
世間的評価の高いものはそれなりに分かるのだけれども、
先入観なしにものを見るということがむつかしくなってくる。
なので例えばゴミ置き場に本物のピカソの絵が転がっていたら、
いつでも持ち帰れるぐらいの心構えでいたく、
それがピカソのようにみて分かりよいものじゃなく、
どこの馬の骨ともしれないものであっても、
気に入れば持ち帰れるぐらいの心構えでいたく思う。
まぁ、ゴミ置き場ならそれぐらいの決断はできるかもしれないが、
「何かわからない値札の付いたもの」を買おうという場合は、これは勇気がいる。
でも、過去にはそういうところで思い切ったことが、
その後の自分に影響を与える選択だったこともある。
自分はもっと自分を信じてよいのだと思う。

そんな訳だから、ちょっと遊べるがらくたがうれしい三毛庵である。
がらくただけど、魅力があって、ナゾめいたもの・・・うーんおトクだ、めちゃ遊べる。

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これは「何か分かる雑多なもの」に混じっていて、気になったもの。
ほかのものは大体現代作家のものであったので、これもそうかとは思ったけれど、、

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ちょっとレベルが他とは違ってるような、、。
作為はあるんだけど、、どういうのかな?もっと古格があるような。。

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型物だけど、わざと歪ませていて、それがやけに巧みなのである。
見込みもなかなかニクいぞ。

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見ようによっては古く見えるんだけどなー。
作家ものの中から手に取ったから初めは思わんかったけど、
木米チックやなぁ。。(一応銘も探してみたがなさげである。)

ま、別にこれが木米だと言いたいわけではないけれど、
いっぱい妄想できるネタって愉しいし、眼もリフレッシュするし、
骨董っていい遊びだなと思うのだ。
骨董が趣味、っていうと世の人は成金趣味が思い浮かぶようだけど、
千円のものを買っていても、ほんとうはその後のたくさんの時間を
買っているのである。
まぁそれは、千円でお茶したり、本を買ったり、映画を見たり・・・
っていうこともおんなじだとは思うけど。
十万円で骨董買うのも旅行行くのもおんなじである。

あーでもほんとうは、これの正体まで掴めれば、もっと面白いんだけどな。
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2014/12/07.Sun

「大雪」の満月と (京焼染付小急須)


昨日はタイヤを変えたので、ちょこっとお試し雪見ドライブ。
今シーズンは早くも積雪だけれど、どんな冬になるのかなぁ。。

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今日は「大雪」。暦通りの寒波到来だったのである。
次は冬至だけあって夜明けも遅く、今朝方は西に沈む満月などを眺める。

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早起きのめっけもん、ちびこい急須。
「ナントカ造」って達筆なる銘があるのだけれど、判読できませぬ。

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(直径約5.5cm)

きっと京焼だよなぁ・・・ちびながらに文人趣味の典雅な香り♪
こういう「趣味」チックなものは、やっぱりお道具セットが似つかわしい。

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という訳で、いつもの三毛庵煎茶箱@に入れてみたら、、、
おぉこれもピッタリではないか!!
うしし、のんちゃんの急須奪ったままだったけど、
これでやきものの替急須も出来ちゃった♪
(三毛庵、このぐらいの大きさの匂いを嗅ぎつけるのがお得意なのであった。)

寒さ厳しき明け方に湯を沸かし、沈みゆく満月など眺めつつ典雅に喫茶する、
の図をさっそくに妄想する三毛庵なのであった。
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2014/10/29.Wed

冬の蓄え (京焼茶巾筒)

買わなければ気が済まない、などということもないのだけれど、
行く先々で何か連れ帰る三毛庵である。
ハードルが低いと言えばそれまでだけれど、
不思議とちょこっと嬉しいものがあるんだなぁ、これが。
しかも大抵お値打ちに思われるのは、やはり三毛庵、
世間様と少々ズレているのだろう。
潰しが利く、などという計算にヨワいせいかも知れぬ。
後先など考えていては、骨董などできぬ。
願わくば、おとこまえに行きたいものである。。

20141019 022

さすがの三毛庵もボウズかと思われた中、
これがちょこんと紛れて鎮座していた。
直しも少し、潰しが効かない「がらくた」の類い。
おぢさんの言い値で連れ帰る。
ポップなお宝尽しだけれど、新しくもない様子。
迷ったら京焼、とは知り合いの骨董屋さん、
帰ってこちら@と比べると、釉薬の色遣いがよく似ていて、
今出来でもなさそうだなあ、と。
(まあ、書きっぷりは雲泥の差であるが。)

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他愛ないけれどね、ちっとは古い茶巾筒って
がらくたでは見つかんないの、意外とね。
おぢさんのセールストークはなんと、楊枝入れになる!
だったのだけれど、茶巾筒がよろしいのである。
(それに楊枝ぢゃ埋没するし・笑)
とはいえ、このお茶目さに合う道具立てっていうのも、
あんまし思いつかないなぁ。。
侘び寂びばかりがお道具じゃない、的な愉しい取り合わせってないかしらん♪

20141019 024
(3.4cm × 6.3cm)

いつかハレの舞台をばと夢見つつ、せっせと蓄える三毛庵なのである。
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