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2019/12/10.Tue

干柿の収穫 (瀬戸飴釉鯉形皿)

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干し柿ができた♪
実家に送った残りかすでつくったけれど、そんなに悪くないゾ。

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お菓子と一緒に、3時のお茶うけにひとつだけスライスしていただく。
渋柿がこんなにおいしくなるってすごいなー(しかも何の丹精もしていない柿。)
は読谷村?、古物というより中古品?でも、佳いお

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柿のお瀬戸の飴釉の鯉ちゃん♪
三毛庵初見であるが、でっかくて堂々としてキュートだわー。
実は縁があちこち共直しの満身創痍であるが、ごっつくてええ感じ。
きっとみんな傷でも勿体ないって可愛がってきたのだと思う。

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もうちょっとアップ。
(載せているのはシュトーレン。去年は絵瀬戸の角皿に乗せた@けど、瀬戸とは相性良しだね。)

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尾っぽもぷりっとして佳いね~。
今どきは、なんといいますか写真に写る通りの形を写したりしているものが多いけど、
こういう鯉を見た人の主観?のままに作られたもののほうが、何か真実がある気がする。
(土をこねて作られる安定した形なだけかもしれんけど。)
まぁ、でも古来よりKAWAIIは日本の専売特許だな~。

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清澄野紺菊はまだ細々と咲いていて、寂しい初冬の庭に似合う。

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今頃ようやっと紅葉を始めた楓と合わせた。
もうちょっと厳しく枝を整理して、ミニマムな花にできないものかとも思うけど、
そのような厳しさがどうも得意ではなく、咲いている花は極力残してしまうのね。。
花に正解もないだろうけど、個人的な花をいいことに、野放しのお花です。。
それでも名残の乱れた庭を思い出して、眺めてちょびっと和んだりする。
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ものたち | Comments(0)
2019/11/18.Mon

備忘録とか (プレスガラスキャンディボックス)

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渋柿を少しだけ、吊るす。
こんなふうに、やりたいことはたくさんあれど、余力がない。
あまり器用とは言えない三毛庵であるので、日々優先度の高いやつからしていくと、
だいたいブログには辿り着けないのである。
ほんとうは、たまにはちょろっと振り返るための記録ぐらいしたいものだけどなー。
でもまぁ、その時その時で一番だいじなことができていればそれが仕合せというものだ。
美味しくご飯をいただく、ここちよい布団で眠る、、全力で暮せた日のご褒美。

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もっと住処をいい感じにしたい、お掃除もしたいとか思うけれど、
毎日行き倒れて挫折する。
なのでここでも優先順位をつけることにして、、願わくば水廻りを散らかさずに、と。
実をいうとこれはお手洗いの棚なのだけど、水廻りをそれなりに保てば何とはなしに安堵する。
あの、トイレ掃除開運説などそんな神頼みってなんかちゃうやろ、などと思ってしまうのであるが、
せめて水廻りのような汚れるところだけでもなんとかできれば、自己肯定感が増す気がする。

という訳で、のんちゃんがポスターで制作した長谷川りん二郎のタロー様に、
お気に入りの無色のプレスガラスたちを。

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この二つはまだ載せてなかった気がする。
どちらもありそうでもなかなかない、ツウなお品だと思うのだけど、
(現に左はSさんに譲ってもらったけれど、Sさんも気に入っているようだった。)
ウチのトイレを借りる方々には、この素晴らしさに驚くお方はおられないのである(笑)。
右の四角いのは、先客に値切られてへそを曲げていた主から譲ってもらった、
佳いと思えば素直に褒めることも大切である、うむ。

という訳で、水廻り脱生活臭計画についてであった。

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今年植えたノコンギク、清澄野紺菊。
ノコンギク「夕映」の鮮やかさも晩秋によいものだけれど、これはいかにも茶花らしい。
小ぶりで淡い花に黒軸で、庭で楚々と咲いている。
ヤマボウシの要らない枝を失敬。
年々秋というものが失われてゆく、その時々、綺麗だなーって思っておかないと。

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備忘録:
先日は星野画廊さんに藤田龍児展を見にゆく。
(貴重な余力は使うべきところで使わないと。)
いつでも一点ぐらい小品が掛かっていて、星野さんが大切にしている画家なのだとは思っていたが、
過去の自分は、あーきっとまだ私の理解が届いていないのだ、そういう気がしていた。
でもなんとなく、いつか機が熟することがあるような、そういう予感もあったかもしれない。
佳い展覧会だった。(やはり現物を見ないと、ほんとうの良さはわからない。)
半身不随になって絵筆を持ち替えた後の作風は、一見素朴派だけれど、違うと思う。
体の自由を失って、精神の自由を得たというべきか。
(倒れる前の、日本の伝統を踏まえた鬼気迫る作品ももちろん素晴らしかったが。)
精神は自由、周到に練られたであろう巧みに隠された作為、
素直に楽しむこともできるし、いつまでも眺めて考え込むこともできる。
佳い絵について、その画家の生き方を強調するのは精神論のようで好まないけれど
(不染鉄について、やたらと心の磨きようを強調するのには少し違和感がある。)、
でもやはり、絵というものにはどれだけ鍛錬を積んだかとか、
どれだけ描くことに熱意を燃やしたかというような、見えない部分が現れると思う。
絵を見て、そのとき画家が思ったことなど分かろうはずはない、と洲之内徹も書いていた気がするが、
それでも、心が動くということには理由があると思う。
見た人が感じ取れる何かのためには、その何十倍、何百倍ものエネルギーが必要だ。
目に見える部分の下には膨大な根っこがあるのだ。
だから、根っこの中のひとつ、日々画家がどう生きたか、というやつが養分を吸い上げて、
それが絵となって咲いているのを垣間見ることはあるのかもしれないけれど。

私にとって佳い絵というのは、一体どういうものであろう、と折に触れ考えてみるのであるが。。
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絵のこと | Comments(0)
2019/09/14.Sat

名月、それから菊と (菊慈童の古画、九谷の香炉)

ふと夜中に目が覚めてしまい、外を見ると仲秋の名月。
思ったよりも雲の多い夜だったので、寝る前に少し見えただけだったのが、今は煌煌としている。
宇宙へ行くとか、月に着陸するとか夢の多い昨今だけれど、静かに輝く月を見ること自体が奇跡である。
街中で暮らしているともうそのような実感などないのだが、
子供のころには月明りで影踏みをしたという記憶もあって、
また、旅に出てたまに夜中に山里を抜けたりすると、山の端に思いがけず大きな月を見ることなどあり、そういうとき素直にありがたい気持ちになる。

帰りしなに、月見団子でも、、と百貨店に寄ってみると、帰宅途中の人たちがお団子を買うのに並んでいて、平素並んでまで買うのが苦手な私もその列に加わった。
静かに順番を待っている人たちを見ると、月はやっぱり「お月様」なのだなぁ、と思う。

仲秋

庭の薄を切ってきて、お団子をお供えする。
庭に植えるグラス類は何より薄がよい三毛庵なのである。
大きくなると株分けなどなかなか大変であるのだが、今年は分けた株を実家に送った。
仲秋が九月であると、北海道では薄の穂が出ていないことがあったりし、母が残念がるのだが、
この薄は穂が出るのが早いので、送ってみたのだ。
残念ながら植え付け初年度の今年はだめだったようであるが、草姿がよいらしく、気に入っているようだ。

お月見のお供え

月見団子は関西風のにょろっとしたやつ(紙を外していないのはご愛敬)。
古い九谷の香炉と。

重陽の節句に

は先日の重陽の節句に飾っていた古画のまま。
今年の春に手に入れて、秋が来るのを楽しみにしていたもの。
近ごろは、床の間もなければ和室もないお家が多いせいか、物は割安なのがちょっとうれしい。
(探すところ次第では、現代アートよりずっとお手軽に手に入るのだ。)
仕舞うときに場所を取らないし、例えばマンションのお部屋などもいいと思うんだけどな。
まぁ三毛庵は難しいお作法などは知らないので、人様にお勧めする分際でもないのだが、
一本でお部屋に季節が生まれるって結構素敵なことなのだ。

菊慈童

時代の菊慈童、少し痛みはあるものの、私よりもずっと永く、大切にされてきたようである。
裂も当時の品のよいものらしく、趣味のよさという点において、昔の人には敵わない。

流通している立派な菊など見ると、野菜っぽくてあまり感ずるところはないのであるが、
野に咲く菊や、あるいは庭で乱れて咲く菊は佳い花である。
ここに描かれている菊はそういう花らしくて、うれしい。
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ものたち | Comments(0)
2019/08/17.Sat

夏休みの記憶 (染付貝藻文猪口)

送り火も過ぎ、お盆が終わった。
故郷に帰られた方も、台風で大変な思いをされなかったであろうか。
楽しい夏休みを過ごされたであろうか。

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そこそこに神経質な子供であったせいか、夏に海へ行っても
姉妹やいとこたちと一緒になって波打ち際で遊ぶのはあまり好まなかった。
代わりに、ひとりで波に洗われて丸く削られたシーグラス(当時はガラス石と呼んでいた)や貝を集めた。
といっても、北の海のことであるので、あまり美しい貝はなく、
大人になって能登の海で桜貝を拾ったり、沖縄の海で色とりどりの貝を拾ったときにはかなりう喜んだものである。。

ある夏、東京から親戚の大学生のおにいさんがやってきて、いつも行く海に連れて行ってもらった。
人見知りの多いわりに、どういうわけかよくなつく相手がたまにいるというのは昔からだったのだ。
確か、その人と私と妹で行ったように思う。
その時も、おそらく私のことだからそれほど波打ち際まで行っていたとは思えないのだが、
突然大波を頭から被り、引き波に足をすくわれそうになった。
波の恐ろしさの最初の記憶、何事もなかったのに怖くて大泣きした。
(おそらく小学校には上がっていたと思うので、すぐ泣き出すような歳ではなかった筈だが。)
そんなわけで親戚の大学生はびしょぬれになって泣く子供を家まで連れ帰る、という
羽目に陥ったのであるが、近ごろふと思い出す子供のころの記憶といえば、怖い思いをした、とか
今も心の隅で後悔をしているとか、そういうことが実に多く、
幼少の、時間が止まったかのような満ち足りた記憶、というのは意識しては思い出せない。
思いがけず庭が美しいときとか、そういう意図しないときに突然押し寄せることはあっても。

この蕎麦猪口は、去年の秋に松本でみつけたものだ。
時代が若いのか、伊万里ではないのか、つるっとした磁器質だが、伸び伸びとして気に入っている。
去年は夏まで忙しくしていて、秋になって自分の暮らし周りを見直して、
ひとつ欲しいものができたので、のんちゃんに連れて行ってもらった帰りに寄ったのだ。
(その日は気圧の関係でへろへろになっていたが、松本についてようやく息を吹き返した記憶がある。。)
年に一度も行かないであろう骨董屋さんで見つけたのだが、
そこの大将は私たちのことを覚えていてくれたようで、いろんなものを見せてくれたり、
話をしてくれたりで、そんなにはゆっくりとはしていられない私たちはひやひやしたものだ。
だけど旅先の骨董屋さんでお宝探しをする楽しさというのは、どちらかといえば
みつけたものに、その時の楽しい思い出が香りのように残るというところにあって、
今でもこれを見る度に、一見では仏頂面でいる店主が人懐っこくあれこれ話してくれたあの日を思い出すのだ。

いいトシになってくると思い出というのは尽きないものである。
トシとるとどうして思い出話が増えるのかなー、ってよく思っていたけど。。
なにか美しいと思うものって、きっと人は反芻するのだろうな。
でも、過去を思うのと同じように、今もひとつひとつのこと、一瞬一瞬を大事に思う。

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こんな見込・・・瀬戸か美濃の産?

さて、いつものごとくブログをさぼっているあいだ、
寝て起きて、ご飯を作って食べて、庭で水遣りをし、金魚に餌を遣る日々。
どれもそうおろそかには出来ないので、意外と忙しいのである。

猛暑の8月に入る前、7月は土日の天候が安定せず、
梅の土用干しはいつもより2週間ほど遅れた。

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気を揉んだが、今年の梅は上々の仕上がりで、殆どがふわっふわの仕上がりだ。
少し硬いかな、というようなのは3粒だけ、梅自体の出来の良い年だったのだろうか。

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可愛いホーローの容器にも詰めてご満悦なのであった。
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2019/06/08.Sat

水色の季節 (薄瑠璃六角水滴)

昨日の画像に写りこんでいたのを見て、ここに上げていなかったのを思い出す。
薄瑠璃の水滴。

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(一番長いところ:5㎝)

書をたしなむわけでもないので、水滴は手に入れても眺めるのみである。
お皿や花瓶は辛うじて使うこともあるので言い訳しながら買うのであるが、
結局のところ、好きだったら買うだけのことなのだ。

文房具というもの、道具には違いないが、手元で愛でることから
持ち主のこころのあり様を表すアイテムである。
この水滴ももっとお洒落な人に貰われればよかったのかもしれない、
三毛庵のところでは花瓶の横でちょこんと鎮座するのみだ。
何処のものかは分からない、ちょい古の伊万里系とかそういうものだろうか?
(まぁ専門外の三毛庵がお気軽に入手したものなので・・・
裏を撮り忘れたけれど、無釉でベタ底の一般的なかたち。)

でも小さくて薄瑠璃で、可愛い箱なんかに入れてあげたら佳い感じになるんだけれどな、きっと。
三毛庵宅に来たかったから、この水滴はお買い得になって並んでいたに違いない!(笑)

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こんなふうに・・ちょろっと釉薬の掛け残しがあったり、、

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垂れっとしているところがあったり、、
薄瑠璃らしい表情が豊かで、眺めてほっこりする。

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華やかな薔薇の季節が過ぎて、雨に濡れる水色の季節。
家の中で、掌にそっと薄瑠璃さんを載せて眺めるのである。

(庭部↓)
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