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2020/01/19.Sun

夜明けを待つ (和ガラス切子電傘)

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朝はまだまだ遅いけれど、冬至からひと月足らず、
立春も近づいて、夜が明けてくるのを楽しみに眺める。

梅に鶯の電傘は、市でみつけて嬉しく持ち帰ったもの。
(電球はいまどきなLED!だけど、コード類は使える状態だったのがまた嬉しく。)
夜が明ける前、ひとりだけの時間に点けて、ちょっと満足したりする。
忙しいとどこか心は干乾びてゆくのであるが、
朝ちょっとだけこんな時間があると、雨上がりの草花のように生き返る。

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ここの細工は松葉かなにかを模しているのかな?
今は何でも手に入る世の中だけれど、このようなものを今作るのは大変で、
ふるものってほんとうもったいないなぁ♪って思っちゃうよ。

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ちょっと夜中に目が覚めてしまったときには、こちらをつけてぼんやりしたりする。
(部屋の明かりをつけるとお金魚様たちが起きてしまいますからね!)
縁あって我が家にやってきたふるものたちは、ちゃんと現役!!
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2020/01/11.Sat

花に願う (九谷色絵水仙文皿)

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新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

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庭の日本水仙がようやく蕾を伸ばし、寒に咲くクリスマスローズ、
ヘレボルス・ニゲル(去年の処分品)が咲き始め、どうにか冬らしくなってきたものの、
いったい日本の四季はどうなってしまうのだろう。

去年見つけて大事にとっておいた日本水仙のおを取り出す。
冬の越前や淡路島の水仙の群落は有名で、三毛庵も若いころ、
のんちゃんと淡路島に遊びに行ったことを思い出す。
九谷焼のこのおも、越前に近く、また茶道の盛んな地のやきものに相応しい。
これが好きなのは、ちゃんと花を描いているから。
本物らしく写実されている、というようなことではなく、これを描いた人は
自分の中に「花」とは何かをちゃんと持った人だという、そう信ずるに足る、何かがこれにあるからだ。
そういう三毛庵は「花」とは何か、上手く説明などできないけれど、
説明できないから、一生懸命花を入れてみたりするのだ。
そのような気持ちが、このおから伝わって、誰の作かも分からないまま手許に置いている。

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だけど、これだけの腕のある人が無名のはずはなかろうと、ずっと考えていて、
知人のところで、作行きが近しいように思うものを見つけた。
それは二代武腰泰山のものであった。
今度見てもらおうとは思っているのだが、九谷銘で若書きなんてあるのだろうか。


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別に作家が分からずとも、このおが好きなことには変わりはないのだが、
願わくば、次世代に遺ってほしい、そう思うので、ちゃんと調べて書いておきたいものである。

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そのときにいくつか同じ作行きのものを譲っていただいたのであるが、
こちらは夏のお、芙蓉の仲間であろう。
草姿が柔らかくて、三毛庵には花トロロアオイみたいに見えるけどね。

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こういうものを見つけると、まだまだ学ぶことって多いなぁ、って嬉しくなる。

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こっちはこんな九谷銘。

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こちらは、初代徳田八十吉の半端のお。のんちゃんから拝借。

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柘榴が品よく描かれていて、やっぱり此の頃の人にはまだ、
吉祥文に対する文化の連続性が保たれていたのだと思う。
今の人にはなかなか描けない画。初代八十吉は文人だなぁ、とやっぱり思う。

さて、年が明けて自分の抱負はないけれど、
陛下が願われる通り、三毛庵も世界の人々の平和を願います。
もはや戦前というような世の中だけに、切に願います。
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2019/10/06.Sun

十三夜近く (竹一重切、伝山本倉丘「菊花図」)

庭の一角に、去年つんつんとした草が生えていて、雑草というにはよいグラスであったので、残しておいた。
今年になってぐんぐん株が太り、見ると何やら穂を出すようで見ていると、それは糸薄だったのだ。
庭を掘り返して茶花などを植えていると、たまにはこんなオマケがついてくる。
どうやら十三夜には庭で楽しめそうであるが、一番早く開いた穂を失敬する。
それにしても、次の台風は一体・・・。

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秋海棠はなかなか花期が長く、ちょっとずつ分岐していくのでありがたい。
でもやはり、蕾のころのほうが入れやすいかな。
藤袴もこれだけ暑さが残っても長く咲いてくれるのがうれしい。

やや小ぶりでいい感じに枯れた一重切を手に入れた。

後ろのは折れがついてしまっており、箱も合わせであったので格安にしていただいたもの。
折れはありがたくはないけれど、絵柄はちょうど今の時期によく、
何よりもこのような線描モノは好物なのだからして。。

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山本倉丘のもの、ということで買っているが、不勉強なので私にはわからない。
「蒼丘子」とあり、落款も今流通する戦後のものとは違うようなので、
本物だとすれば若書きなのかもしれない。
のんちゃんに言われて気づいたのだが、左端が切れているので元々下書きなのか?
(切れていてバランスが悪いかというと、ちょうどよい非対称、、意図したものか。)

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凄く、綺麗な筆なのだ。
線はやっぱり日本画の命であるのだが、近代的な写実でもあり、
西洋のボタニカルアートとはまた違う、こういうの、おうちに飾りたし、って思う。
支柱に支えられた菊の茎など、あぁ、菊ってこうだよなぁ・・って思い出すもの。
(売り物にする切り花を整える手伝いをしたことを思い出した、リアルな実感!)
空気の澄んでくるこの季節、このような美しい線を眺めるの楽し。

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この一重切は楕円に育ったしっとりとした竹でつくられていて、
これもまた、ちょうど十三夜の月のように日本のものらしい不完全なるものである。
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2019/07/25.Thu

キンタローのこと (金魚形の小皿)

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いろいろの中に、金魚の小皿を見つけた。キンタローと同じ琉金だ。
ほかのものと合わせて他愛のないお値段でいただいたが、そもそも古物といえるのかもナゾだ。

キンタロー、通称キンタは我が家の金魚で、外で水瓶に入れて野良飼いしている。
市で手に入れた水瓶を塀際に少し埋めて設置した。
お庭で金魚も・・・と軽い気持ちで考えたのだが、甘くはなかった。
ホームセンターのお安い金魚を連れ帰ったものの、慣れるより先に死んでしまった。
生き物を簡単に飼える筈などないのだ。
どうにか生き残ったキンタも尾腐れ病でヒレがボロボロになり、
金魚本体よりお高い薬と塩水で治療をし、少しずつ真水に戻して、とたいへんにお世話をした。
ようやく環境にもなじみ、食欲旺盛になってぐいぐい泳ぎ回るようになったのは、つい最近だ。

近頃のキンタは覗き込むと寄ってきて、くれくれと口をパクパクさせる。
可愛いなと思っていたが、結構押しの強い目つきでちょっとコワい。
これから暑くなるのでまだまだ心配は尽きないが、疲れて帰っても
飯はまだか、と睨みつけるキンタを見ると、疲れも吹っ飛ぶというものである。


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2019/06/15.Sat

若書きのことなど (ベル串田(戸川串田)の子供の絵)

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いつも戦利品を思いついたなりに飾る、ざっくりとしたコーナーの、、

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これ♪、、ではなく、、
(でもこれ、何気に気に入っているんだけどな、のんちゃんにはタイヤがないぞ、って言われたけど。)

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こっち(硝子外してないので少々写りが・・・)、ちょっとしたお気に入り♪
サインから、ベル串田が戸川串田と名乗っていたころの若書きだと思うのであるが。。
(「思うのであるが」というのも、売主も誰の絵かを調べていなかったのである。)
と言って、日本の美術史などろくに学ばず、
若い頃は海外の画家がいいと思っていたような三毛庵は、情けないがベル串田を知らなかった。
知らないけれど、それでもとても目を惹いた(当初は硝子が裏側まで汚れて
もっとぼんやりとしていたものの)ので、よくよく考えもせずにお値段を聞くと
出てきた状態に比して、即決すべきか悩む、それなりのお値段であった。

なので一度は諦めて、他をうろうろしていたのだが、
気づけばこの絵のことを思い出していて、いや、あれやっぱり佳かったんだ、
まだ縁が残っていればひょっとして買えるかも、そう思って戻ったのだ。
あんがい目立っていたので、ほかにも目に留める人がいるかな、
と思いつつ行ってみると、やはり業者さんと思しき人が交渉中だった。
幸いにして折り合わなかったのを確認してから、「やっぱり戻ってきた」そう言って、
代金を差し出した三毛庵。
満足して絵を抱えていると、さきほどから様子を見ていた人に
「これ誰?」そう聞かれた。「さぁ、私はしらんけど。」と三毛庵。
自信満々に買うから、気になったのかなぁ?
単純に、欲しい気持ちがお値段を上回っただけなのだけれど。。
でも、ものを買う、ってそういうことだよね♪
(「誰」かという点については、これはプロだなと思えるものは、今日日大抵は調べがつくのであるし。)

額装の雰囲気でも凡その時代は想像できるけれど、
この絵には三毛庵の好きな時代の匂いがあって、おそらく戦前までのもの。
(サインが戸川串田のものであるし。)
たぶん額がなくてもそこに惹かれたと思う。
あの時代の絵画に対する「熱」のようなものが思われて手にしたのだけど、
このころのベル串田(戸川串田)は藤田嗣治、東郷青児に師事していたそうで、
それを知って腑に落ちた。藤田を尊敬していた画家、っていうのにナットクした。
(三毛庵が不染鉄買って絵が好きになり、次にめっけたのが藤田の素描だったのだ。
しかもベル串田は藤田がその素描を描いたころに藤田に師事していたようである。)
それにしても、よくぞ三毛庵を選んでくれたなー、この絵は♪
こんど藤田の素描と並べて飾ってあげよう。
(以前、和歌山の県美が秘かに弟子と師匠の絵を並べて展示していたのを真似たし♪)

西洋の、圧倒的なまでの技術に裏打ちされた絵画はそりゃ誰が見てもいいに決まっているが、
自分が必死に生きてみて初めて真価に気づく絵というのもあって、
それはやはり、画家も必死に生きて描いているからと思う。
若書きや夭折の画家の絵というのはそういうものが現れていて、
だからこころを揺さぶられる人がいるのだ。
ベル串田は長生きで成功もした人だが、これを描いた頃は、
そうやって必死に生きていたのだろうな、そう思う。

それにしても、、この子供たち、いいな、ほんとに♪



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