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2020/01/11.Sat

花に願う (九谷色絵水仙文皿)

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新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

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庭の日本水仙がようやく蕾を伸ばし、寒に咲くクリスマスローズ、
ヘレボルス・ニゲル(去年の処分品)が咲き始め、どうにか冬らしくなってきたものの、
いったい日本の四季はどうなってしまうのだろう。

去年見つけて大事にとっておいた日本水仙のおを取り出す。
冬の越前や淡路島の水仙の群落は有名で、三毛庵も若いころ、
のんちゃんと淡路島に遊びに行ったことを思い出す。
九谷焼のこのおも、越前に近く、また茶道の盛んな地のやきものに相応しい。
これが好きなのは、ちゃんと花を描いているから。
本物らしく写実されている、というようなことではなく、これを描いた人は
自分の中に「花」とは何かをちゃんと持った人だという、そう信ずるに足る、何かがこれにあるからだ。
そういう三毛庵は「花」とは何か、上手く説明などできないけれど、
説明できないから、一生懸命花を入れてみたりするのだ。
そのような気持ちが、このおから伝わって、誰の作かも分からないまま手許に置いている。

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だけど、これだけの腕のある人が無名のはずはなかろうと、ずっと考えていて、
知人のところで、作行きが近しいように思うものを見つけた。
それは二代武腰泰山のものであった。
今度見てもらおうとは思っているのだが、九谷銘で若書きなんてあるのだろうか。


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別に作家が分からずとも、このおが好きなことには変わりはないのだが、
願わくば、次世代に遺ってほしい、そう思うので、ちゃんと調べて書いておきたいものである。

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そのときにいくつか同じ作行きのものを譲っていただいたのであるが、
こちらは夏のお、芙蓉の仲間であろう。
草姿が柔らかくて、三毛庵には花トロロアオイみたいに見えるけどね。

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こういうものを見つけると、まだまだ学ぶことって多いなぁ、って嬉しくなる。

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こっちはこんな九谷銘。

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こちらは、初代徳田八十吉の半端のお。のんちゃんから拝借。

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柘榴が品よく描かれていて、やっぱり此の頃の人にはまだ、
吉祥文に対する文化の連続性が保たれていたのだと思う。
今の人にはなかなか描けない画。初代八十吉は文人だなぁ、とやっぱり思う。

さて、年が明けて自分の抱負はないけれど、
陛下が願われる通り、三毛庵も世界の人々の平和を願います。
もはや戦前というような世の中だけに、切に願います。
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2019/12/28.Sat

一日が美しい日でありますように (和硝子エナメル彩香水瓶)

クリスマスといえば、その前の土曜日に焼き鳥を食した程度で、
一日を大切に過ごせたかというと自信はないのであるが、
近ごろの極端な論理はあんまりなじめなくて、私などは危急の仕事があれば
できることはすべきだと思うし、家庭に事情があればお互い助け合うことも大切だと思う。
ライフワークバランスなど正解なんてないのだから、一日一日一生懸命生きるしかない。

あーそれでも、誰かを思いやる時間が足りていない自分は少し悲しい。

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これは茶花とは言わないだろうけど、小さなヒイラギを飾った。
常緑のヒイラギに枯れた射干玉、色がさみしいのでランブラーローズのヒップを添えて。
このような花は、日記のような、あるいは詠み棄てる歌のようなものだ。
のんちゃんにはどのように聴こえているのかな、と思うことはあれど。

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小さな香水瓶を飾る。
のんちゃんがガラの中から発掘した三毛庵お気に入りのお宝である。
本当は綺麗に洗えばもっと素敵だとは思うけど、僅かに香るので思いきれないでいる。

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和硝子と言っていいと思うが、エナメル彩の香水瓶は初見である。
よく民芸で取り上げられる、独逸の美しいエナメル彩の瓶があるが、
三毛庵的にはあれに負けじ劣らず琴線にふれるよな小品だと思う。

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この愛らしさはやはり日本だろうとおもうのであるが。

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裏はこのような花が掛かれていて、資生堂っぽい図柄であるが、まだ調べがつかない。
今どきのものは下手すると幼稚なものが可愛いなどと言われるが、
こういうものの幼さ、とうのは幼稚とは少し違うのではないかと思うのであるが。
日本のアンティークの中では、いまのところおおよそ精巧なものが海外で人気を博しているけれど、
KAWAII文化が浸透すれば、このようなうぶな幼いものも海外でも評価されるのではないかと思う。

よくあるのだが、なんとなく気になるのだが、自分の既成の価値観が追い付かないことがある。
あるときそういうものの美しさが腑に落ちるときがあり、それって何なのかな、って思うけれど、
それはやっぱり、自分がどれだけ考えて経験を積んだかに掛かっているのではないかと思う。
それでそういうときに感じる美しさとはなんなのか、っていえば、
何かものを介在して、人の美しいところを垣間見ている気がする。
私の仕事など、世に美しさを問うようなものではないのであるが、善くあらんとして成し遂げたことほど
言わなくとも人に伝わるのが不思議なところである。
だからやっぱり、そのような美しさに気付けるような自分でありたいものである。

遊びにいらしてくださった皆様、本年も大変お世話になりました。
今日の一日も美しい日になりますように、、本年の結びに代えて。

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2019/09/14.Sat

名月、それから菊と (菊慈童の古画、九谷の香炉)

ふと夜中に目が覚めてしまい、外を見ると仲秋の名月。
思ったよりも雲の多い夜だったので、寝る前に少し見えただけだったのが、今は煌煌としている。
宇宙へ行くとか、月に着陸するとか夢の多い昨今だけれど、静かに輝く月を見ること自体が奇跡である。
街中で暮らしているともうそのような実感などないのだが、
子供のころには月明りで影踏みをしたという記憶もあって、
また、旅に出てたまに夜中に山里を抜けたりすると、山の端に思いがけず大きな月を見ることなどあり、そういうとき素直にありがたい気持ちになる。

帰りしなに、月見団子でも、、と百貨店に寄ってみると、帰宅途中の人たちがお団子を買うのに並んでいて、平素並んでまで買うのが苦手な私もその列に加わった。
静かに順番を待っている人たちを見ると、月はやっぱり「お月様」なのだなぁ、と思う。

仲秋

庭の薄を切ってきて、お団子をお供えする。
庭に植えるグラス類は何より薄がよい三毛庵なのである。
大きくなると株分けなどなかなか大変であるのだが、今年は分けた株を実家に送った。
仲秋が九月であると、北海道では薄の穂が出ていないことがあったりし、母が残念がるのだが、
この薄は穂が出るのが早いので、送ってみたのだ。
残念ながら植え付け初年度の今年はだめだったようであるが、草姿がよいらしく、気に入っているようだ。

お月見のお供え

月見団子は関西風のにょろっとしたやつ(紙を外していないのはご愛敬)。
古い九谷の香炉と。

重陽の節句に

は先日の重陽の節句に飾っていた古画のまま。
今年の春に手に入れて、秋が来るのを楽しみにしていたもの。
近ごろは、床の間もなければ和室もないお家が多いせいか、物は割安なのがちょっとうれしい。
(探すところ次第では、現代アートよりずっとお手軽に手に入るのだ。)
仕舞うときに場所を取らないし、例えばマンションのお部屋などもいいと思うんだけどな。
まぁ三毛庵は難しいお作法などは知らないので、人様にお勧めする分際でもないのだが、
一本でお部屋に季節が生まれるって結構素敵なことなのだ。

菊慈童

時代の菊慈童、少し痛みはあるものの、私よりもずっと永く、大切にされてきたようである。
裂も当時の品のよいものらしく、趣味のよさという点において、昔の人には敵わない。

流通している立派な菊など見ると、野菜っぽくてあまり感ずるところはないのであるが、
野に咲く菊や、あるいは庭で乱れて咲く菊は佳い花である。
ここに描かれている菊はそういう花らしくて、うれしい。
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2019/07/25.Thu

キンタローのこと (金魚形の小皿)

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いろいろの中に、金魚の小皿を見つけた。キンタローと同じ琉金だ。
ほかのものと合わせて他愛のないお値段でいただいたが、そもそも古物といえるのかもナゾだ。

キンタロー、通称キンタは我が家の金魚で、外で水瓶に入れて野良飼いしている。
市で手に入れた水瓶を塀際に少し埋めて設置した。
お庭で金魚も・・・と軽い気持ちで考えたのだが、甘くはなかった。
ホームセンターのお安い金魚を連れ帰ったものの、慣れるより先に死んでしまった。
生き物を簡単に飼える筈などないのだ。
どうにか生き残ったキンタも尾腐れ病でヒレがボロボロになり、
金魚本体よりお高い薬と塩水で治療をし、少しずつ真水に戻して、とたいへんにお世話をした。
ようやく環境にもなじみ、食欲旺盛になってぐいぐい泳ぎ回るようになったのは、つい最近だ。

近頃のキンタは覗き込むと寄ってきて、くれくれと口をパクパクさせる。
可愛いなと思っていたが、結構押しの強い目つきでちょっとコワい。
これから暑くなるのでまだまだ心配は尽きないが、疲れて帰っても
飯はまだか、と睨みつけるキンタを見ると、疲れも吹っ飛ぶというものである。


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2019/06/03.Mon

早乙女 (九谷庄三手田植え図鉢)

私の中の原風景というのは、人の手のほとんど入らない原野なのである。
そして皮膚感覚は乾いた空気。
なので、里山の田んぼの風景など、若いころは「わぁ日本だなぁ♪」などと思っていた。
(いったい、自分は何処の国のひとなんだ!)

だけど今、田んぼに水が入ったり、秋に黄金色の稲穂が揺れるのを見るとほっとする。
やっぱりお米の国のひとなのかなぁ。

九谷庄三といえば農耕図。

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九谷銘ではあるものの、ちゃんとした庄三手の
お気に入りポイントは、窓絵のひとつが農耕図、しかも田植え図であることだ。
可愛らしい早乙女ふたり。
こういうのを見ると、工芸品と日常が離れ離れになることなく絵になっていた、そういう暮らしがあったんだ、と思う。
都会でしゅっと暮らしていると、花でさえ単なる装飾と化し、忘れそうになるのだけれど、
花を飾ったり、自然との対話から生まれた工芸品を飾ったりするとき、
自然との深い繋がりがかつてはあったことを思い起こす。

田んぼというのも人が自然と折り合いをつけてきた美しい歴史の賜物で、
そういうものを器に描いた九谷焼というものに三毛庵は心からの尊敬を抱くのであった。

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ばらの季節が終わろうというのに沢山蕾が残っていたブルーランブラー。
先週たっぷり雨が降った後、いっぱいに咲いた。

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モスローズ風のミニバラ、ストロベリースワールの美味しそうなお色。
はじめに置いていた場所の日照やら風通しが気に入らないようでひねくれていた。
強い西日と吹きさらしの風の吹く棚に置いたらゴキゲンに。

いろいろのクレマチスの季節。
今年植えたものが多いけれど、、

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パール・ダズール。一年放置の処分品だけあってなかなかのタフガイ。

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早くに咲くばら、マダム・サンシード・パラベールに這わせてばらの花後を愉しむための
ビチセラ・ルブラ。古風な花でとてもお気に入り。

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こちらも八重咲なのに、豪華というより、やはり古風なパープレア・プレナ・エレガンス。
ブルーランブラーの上まで伸びて、大半の花が見当たらないけど。

五月の庭のように溢れんばかりの花の庭が原風景、ということはないけれど、
それでも庭仕事の合間に一服していた父の姿なぞ今頃になって思い出す。
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