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2019/10/06.Sun

十三夜近く (竹一重切、伝山本倉丘「菊花図」)

庭の一角に、去年つんつんとした草が生えていて、雑草というにはよいグラスであったので、残しておいた。
今年になってぐんぐん株が太り、見ると何やら穂を出すようで見ていると、それは糸薄だったのだ。
庭を掘り返して茶花などを植えていると、たまにはこんなオマケがついてくる。
どうやら十三夜には庭で楽しめそうであるが、一番早く開いた穂を失敬する。
それにしても、次の台風は一体・・・。

IMG_5907.jpg

秋海棠はなかなか花期が長く、ちょっとずつ分岐していくのでありがたい。
でもやはり、蕾のころのほうが入れやすいかな。
藤袴もこれだけ暑さが残っても長く咲いてくれるのがうれしい。

やや小ぶりでいい感じに枯れた一重切を手に入れた。

後ろのは折れがついてしまっており、箱も合わせであったので格安にしていただいたもの。
折れはありがたくはないけれど、絵柄はちょうど今の時期によく、
何よりもこのような線描モノは好物なのだからして。。

IMG_5914.jpg

山本倉丘のもの、ということで買っているが、不勉強なので私にはわからない。
「蒼丘子」とあり、落款も今流通する戦後のものとは違うようなので、
本物だとすれば若書きなのかもしれない。
のんちゃんに言われて気づいたのだが、左端が切れているので元々下書きなのか?
(切れていてバランスが悪いかというと、ちょうどよい非対称、、意図したものか。)

IMG_5915.jpg

凄く、綺麗な筆なのだ。
線はやっぱり日本画の命であるのだが、近代的な写実でもあり、
西洋のボタニカルアートとはまた違う、こういうの、おうちに飾りたし、って思う。
支柱に支えられた菊の茎など、あぁ、菊ってこうだよなぁ・・って思い出すもの。
(売り物にする切り花を整える手伝いをしたことを思い出した、リアルな実感!)
空気の澄んでくるこの季節、このような美しい線を眺めるの楽し。

IMG_5913.jpg

この一重切は楕円に育ったしっとりとした竹でつくられていて、
これもまた、ちょうど十三夜の月のように日本のものらしい不完全なるものである。
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2019/09/14.Sat

名月、それから菊と (菊慈童の古画、九谷の香炉)

ふと夜中に目が覚めてしまい、外を見ると仲秋の名月。
思ったよりも雲の多い夜だったので、寝る前に少し見えただけだったのが、今は煌煌としている。
宇宙へ行くとか、月に着陸するとか夢の多い昨今だけれど、静かに輝く月を見ること自体が奇跡である。
街中で暮らしているともうそのような実感などないのだが、
子供のころには月明りで影踏みをしたという記憶もあって、
また、旅に出てたまに夜中に山里を抜けたりすると、山の端に思いがけず大きな月を見ることなどあり、そういうとき素直にありがたい気持ちになる。

帰りしなに、月見団子でも、、と百貨店に寄ってみると、帰宅途中の人たちがお団子を買うのに並んでいて、平素並んでまで買うのが苦手な私もその列に加わった。
静かに順番を待っている人たちを見ると、月はやっぱり「お月様」なのだなぁ、と思う。

仲秋

庭の薄を切ってきて、お団子をお供えする。
庭に植えるグラス類は何より薄がよい三毛庵なのである。
大きくなると株分けなどなかなか大変であるのだが、今年は分けた株を実家に送った。
仲秋が九月であると、北海道では薄の穂が出ていないことがあったりし、母が残念がるのだが、
この薄は穂が出るのが早いので、送ってみたのだ。
残念ながら植え付け初年度の今年はだめだったようであるが、草姿がよいらしく、気に入っているようだ。

お月見のお供え

月見団子は関西風のにょろっとしたやつ(紙を外していないのはご愛敬)。
古い九谷の香炉と。

重陽の節句に

は先日の重陽の節句に飾っていた古画のまま。
今年の春に手に入れて、秋が来るのを楽しみにしていたもの。
近ごろは、床の間もなければ和室もないお家が多いせいか、物は割安なのがちょっとうれしい。
(探すところ次第では、現代アートよりずっとお手軽に手に入るのだ。)
仕舞うときに場所を取らないし、例えばマンションのお部屋などもいいと思うんだけどな。
まぁ三毛庵は難しいお作法などは知らないので、人様にお勧めする分際でもないのだが、
一本でお部屋に季節が生まれるって結構素敵なことなのだ。

菊慈童

時代の菊慈童、少し痛みはあるものの、私よりもずっと永く、大切にされてきたようである。
裂も当時の品のよいものらしく、趣味のよさという点において、昔の人には敵わない。

流通している立派な菊など見ると、野菜っぽくてあまり感ずるところはないのであるが、
野に咲く菊や、あるいは庭で乱れて咲く菊は佳い花である。
ここに描かれている菊はそういう花らしくて、うれしい。
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2018/12/10.Mon

落葉(常滑朱泥急須)

最初に骨董を漁り出したのが煎茶道具であったせいか、
今も急須など見かけるとついつい手に取ってしまう。
初めて買った古道具の急須@も常滑だったな、そういえば。

とはいえ、煎茶道具は人気であるし、そうは気軽には見つからない。
秦翁ご推奨、万古の秦山の急須など、今では高嶺の花であるし。

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口の辺りに小さなアタリはあるけれども、スカッとした姿。
これはもう、煎茶が美味しいに違いないけれども、
なくてもことはたりるだけに、少し勉強してもらえたら買おうかな、と思った。
売主との交渉も市の愉しみというのもあるけれど、
幾らだったら欲しいかな、と自分の物差しを取り出してあれこれ悩むのも愉しみ。
結果として佳い買い物だったけれど、その日は買い気の薄い三毛庵であったので、
快く勉強してもらえて手に入ったのは、きっとご縁というものだろう。

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見て惚れ惚れするなぁ、この仕事ぶり。

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この篆刻もね。放ってはおけなかったなー、やっぱり。
(今どきの変に着色された朱泥の急須、ああいうのは陶土の無駄遣いというものだ。)
思った通り、大変美味しくお茶が入りまする。
ところで近ごろペットボトルのお茶で、抹茶入りの煎茶?っていうのが多いけれど、
あれの意味がいまいち分らんのは自分だけなのか?って疑問に思う。
個人的には抹茶を入れるより、いい茶葉だけで煎茶にしてほしいのだが・・・。
(ま、ペット茶を常用してないから余計なお世話であるが。)

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こんな銘があるのだけど、勉強不足でよくわからず。。
ナントカ山、っていうのかな?ちょっと調べないといけないなー。
これでお茶を淹れると、豊かな気持ちになるよ。

そういえば、、三毛庵のところに縁あって秦秀雄旧蔵品というものがやってきた。
できるだけ、旧蔵品だから、では買うまいとは思う。
買えない、、っていうのもあるけれど、秦翁のように「自分の軸」を持つということが、
氏を尊敬している、ということなのだと思うので、買うまいとは思う。
(尊敬している人であるので、ホントのところ爪の垢でも欲しいけれど!)
それでもねー、通り過ぎることのできないものであったのだ。
あー、氏はとうの昔にこれを取り上げたのだ、と思うと
いつもあっちこっちを彷徨う自分を不甲斐なく思うけれども。。

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もう今はほとんど落葉したけれど、コハウチワカエデの紅葉。
台風やら先日までの高温やらで、綺麗とは言えないはずだけど、
枯れた色の所々が紅く染まっているのがやっぱり綺麗で、
まぁ育ての親の欲目には違いないが、京都の人だかりで紅葉見るより
こっちがいいかな、と思うのであった。


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2017/04/07.Fri

朝に夕に (柘植山水文茶合)

毎日結構なお疲れというか、恒例の春の体調不良なのであるが、
メダカの子が孵るので忙しい。
これまでに76匹孵った!!
なんで数えているかというと、卵を孵す器から、孵った子メダカを
金魚鉢(という名の地球瓶2号)に移していくので、そのときに数えるのだ。
大きくするのはもっと大変そうだけれど、ひとまず孵化は成功なようでほっと一息。
こういうとき、ゆっくり構えられない性分なので、卵の入った器を覗いたり、
子メダカの様子を見たり、お花にお水を遣って、金魚に餌をやり、
合間にお茶を飲む、といった日々なのである。

ゆっくりお茶を飲むときの愉しみにと、すこしフンパツして茶合を手に入れた。

IMG_2255.jpg
(8.2cm)

三毛庵好みの「ザ・山水」であるが、可愛いお家に人も居るのだ!
これはサイズが小さいのがウリで、茶箱に入るなーとか思っているけど、
ひとりふたりのお茶をちょろっと淹れるとき、
うやうやしく茶葉を計るのにほどよいのである。
柘植の木というのもナイスである。
お洒落さんではない三毛庵は柘植の櫛など持っていないが、
いやしんぼうであるので、柘植の茶合を持つのである。

IMG_2256.jpg
(8.4cm)

こちらは、毎朝職場に持っていくお茶を淹れるときに使っているもの。
手軽に手に入れたものだけれど、これも小さくて使いよく、朝が愉しいものである。

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この通り、よく似た大きさなのでひとつで足りるような気もするが、
美味しいお茶のためならば、やっぱりお道具も愉しみたいものである。
道具というのは一緒に暮らして人を助けてくれるものだから、
(道具を持たずして人と言えるのであろうか?)
愛着というものは必要だ。

朝に夕に、愛でながらお茶を飲む。
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2017/03/01.Wed

花咲く弥生 (色絵牡丹枝垂桜文替茶器)

弥生、三月、この頃になると前の庭にあった暖地性のさくらんぼの
花が咲いたものだ。
丈夫な木だと思っていたが、義父が亡くなった翌春咲き、そして枯れた。
結果的にほかの木々も翌年の取り壊しで失ったのであるが、
今でもあのさくらんぼはどうして枯れたのだろう、と思う。

あとひと月もすると、そこここで桜が満開になるのだなぁ、とぼんやり思う。
陽ざしはずいぶん強くなってきたけれど、朝夕の冷え込みは強く、
満開の桜を想像することができない。

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定番の牡丹に、もう片側は柳かな?と思ってみると枝垂桜のようである。

IMG_2024.jpg

枝垂桜のほうだけを見ると、根元に蘭の花が咲く可憐な風景である。

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(径6.7 × 高さ6.7cm)

百花王、牡丹のほうだけみると、なるほど豪勢である。

ベロ藍からして、明治ぐらいの伊万里(有田というべきか)と思われるが、
朱や翠色を効果的に配した、なかなかに賢いものである。
明治ものはベロ藍で品がない云々、というくだりをみかけることがあるが、
この替茶器などは、ベロ藍の艶やかさを引き立てるために
朱や翠を配したのではないかと思うほどで、固定観念は捨てるべきだなぁ、と思う。
骨董の知識がついてくると、その辺りが却って鈍くなってくるようで、
見慣れないものを見たときも、きれいだなぁ♪と素直に反応できるよう、
日ごろから心しておきたいものである。

それにしても、替茶器自体見かけないというのもあるけれど、
この絵付けのセンスには、すっかり舌を巻いてしまうのであった。

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裏には可愛らしい渦福が。
渦福とはいえやっぱり明治かな。

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蕾買いしたヘレボラス・クロアチカスが咲いた。
可愛らしい咲き方でひと安心。
でも昔から持っているクロアチカスとはずいぶん雰囲気が違うなぁ。。

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これはヘレボラス・ムルチフィダスだった、、はず。札がなくなってしまい。。

ぽつりぽつりと花咲く弥生である。
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