2017/07/10.Mon

吾愛夏日長 (不染鉄展)

内覧会に行ってから、書こうと思い乍らなんだか眠くて昼寝ばかりしていた。
不染鉄の展覧会「没後40年 幻の画家 不染鉄」のことである。
7/16の日曜美術館のアートシーンでも紹介されるらしい。
(三毛庵的には特集を組んでもらいたい勢いなのであるけれども。)
不染鉄の特異な経歴や独自の視点については、
もう沢山の方が書かれているので書くことはない。では何を?

鬱だった6年間について、三毛庵は経験のうち、などと思うことはできなかった。
目が覚めると昨日と同じく希望がないことに絶望する日々、
そのことを肯定することは今も難しい。
でも、鬱から回復したとき、見える世界が何もかも美しく、
一瞬一瞬が輝いているのに三毛庵は日々驚いたのだ。
そんなある日偶然見かけた不染鉄の絵、
それにはその「何もかも」が描かれていることに驚いたのである。
思えば、そのことは無為な6年間を吹き飛ばすほどの強い衝撃なのだった。

鬱より後の三毛庵は、自分に背くようなことをだんだんとしなくなった。
そうしていつの間にか、毎日が美しいと思える暮し方が傍にあるのだった。
考えてみれば不染鉄は、最初から自分に背く生き方などしなかったのだ。
だから彼の眼に見えるものは美しく、何もかもが驚きに満ちていた。
私が無為だと思った6年間はそのことを肝に銘じるための年月だったのだろうか。

それからの私は、不染鉄の絵の虜になった訳を知ろうと
駆けずり回ったのである。
絵は好きではあったけれど、それまでは客観的に美しいとかそうでないとかを
ただ「考えて」いたように思う。
今は、「美しい」とおもうこころに「客観」というものがあるのかどうかが分からない。
自分にとって絵は(不染鉄は、と言ってもいい)「そう見えるもの」、「主観」なのである。
好きだなと思う画家の絵は、見ていると自分の眼がその画家の眼に
すり替わったようになり、普段見えていなかったいろいろが見えるのである。
狭い自分の固定観念が見せる世界を、画家の眼は一瞬にして飛び越える。
今はもう、鬱が回復した頃ほどには世界はきらきらしていない。
けれどそうやって画家の眼を借りたときには、再び世界は眩しくなるのである。
若いころには歳をとれば感性もすり減るのかと思っていたけれど、
世界が瑞々しくは見えなくなったときに導いてくれるのが画家であり、
そのときに歳を経た自分の経験が眼の前で美しく蘇るものなのだと知ったのである。
(絵について書いた本は多いが、そういう見るときのこころの動きについて
書かれている本は少なく、洲之内徹などはなかで夢中で読んだものだ。)

個人的なことばかり書いてさっぱり展覧会の説明にはなっていない。
なので自分のための備忘録として、思ったことを書いておく。

最初の「暮色有情」「夕月夜」「月夜」。
このころから、彼の「人恋しい」ような作風がよく出ている。

「秋声」「林間」
ほ、欲しい。。(お家好き三毛庵。)

「雪之家」
可愛らしい雪景色の家。
法隆寺蔵ということで、なんだか納得した。
法隆寺の宝物ってほんとうに愛らしいものが多いけれど、
不染鉄の絵も持っていて、それがこんなに愛らしいことに感激する。

代表作「山海図絵」には富士の向うに日本海まで描かれているが、
それが奇をてらったものでないことは、この絵の契機となった
旅のスケッチ(「伊豆風景」)で分かる。
スケッチというのに、このときにもう富士の向こうに日本海を描いているのだ。
スケッチしているうちに、旅した遥か日本海が思い出されたり、
大島で暮らしたころ海に潜ってみたお魚が思い出されたり、
彼のこころの動きがそのまま描かれているのである。
ほんとうに、山海図絵は彼の世界(コスモス)そのものである。

「思出之記」(第8回帝展出品作)
今回新発見のこの絵巻が圧巻。
不染鉄は、そのあたたかな作風のせいであまり気づかないのであるが、
実に腕が確かなのである。
上手い画家というのは要注意なものであるが、不染鉄の場合寧ろそのことに気づかない。
京都の絵専時代に一遍上人絵伝を模写していたというだけあって、
死んでいる線がないと思う。
まぁ、そういうことは枝葉のことではあるけれども、、。
ともかくも、この新発見を見ることができて感激!である。

さて、まだ展覧会の始めのほうしか書けていないのだけれど、
今日は眠くなってきたのでこれぐらいにする。
できたらまた続きを記録したいものだけれど。。

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お買い得球根セットに入っていた百合が咲き始める七月。

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モスローズのサレットが返り咲く。
薔薇は春に咲けば十分な三毛庵であるが、
こんなふうにたまに咲いてくれるのも無性に愛らしいものである。
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2017/06/06.Tue

こころに響くもの (不染鉄展覧会&秦テルヲ展覧会)

ひと月後には、東京ステーションギャラリーで不染鉄の展覧会が始まる。

◆没後40年 幻の画家 不染鉄◆
平成29(2017)年7月1日(土)~8月27日(日) 東京ステーションギャラリー
平成29(2017)年9月9日(土)~11月5日(日) 奈良県立美術館

東京のパンフレットには、
「暮らしを愛し、世界(コスモス)を描いた。」とある。
なかなかよいキャッチコピーだ。

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いちおうパンフを載せてみたものの、不染鉄の絵は繊細でなかなか良さが伝わらない。
ご興味のある方は是非とも現物を見ていただきたいものである。

私が鬱を乗り越えて復職したのが平成20年(2008年)、
その年の今ごろに不染鉄の絵に出会い、病気を越えて目に映った
普段の暮らしの美しさが、そこに描かれているのに驚いたのである。
私は「絵は買うものだ」と知ったのであった。
念のためブログを漁ってみると(こういう時に日記というのは便利)、
2008年6月の記事にそのことを書いていた。
ずっと9年間、この展覧会を待ち望んでいたことになるが、
その9年は私が「絵好き」になって、自分なりに佳いと思うものを
少しずつ集めてきた9年間でもあった。
集めるというのは何か違うような気がする、、この絵と暮らしたい、と
切羽詰まって思ったものを傍に置いてきたのである。

9年というと、それなりに歳も取った訳で、
このごろは後先も顧みず絵やふるものを買うのはいかがなものか、と
世間一般のジョーシキが頭をもたげたりもする。
小市民なのである、肝が据わらない。
それでもやっぱり、いっときこれの主でありたい、
そう思うよな、絵やふるものが現れて、逡巡するのである。

不染鉄を知ってから、時折おじゃまする星野画廊さんから
展覧会の案内をいただいた。

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今年は秦(ハダ)テルヲの生誕130周年なのだという。
図録の表紙となっている「慈悲心鳥の唄」を入手され、
そのお披露目を兼ねての展覧会とのことで、さっそくおじゃました。
秦テルヲが本当の画家である、という認識はずっとあったが、
これまで実物をまとめてみる機会はなかった。
(京都国立近代美術館などで回顧展が行われたのが2003年であるので、
私が絵を買うようになる5年も前のことである。)
大正期の代表作の、闇の底から浮かび上がるような絵のイメージしか
なかったのであるが、結婚して子供が生まれた後半期の
(「慈悲心鳥の唄」もそれにあたる)仏画的な画も素晴らしく、
また、終戦の年に病死する直前に描かれた自画像には圧倒された。
これほど一生を通じ、目で見てこころで感じたものを
嘘偽りなく描き表わし続けるというのは、画家にとって並大抵のことではないと思う。

それにしても星野画廊さんは立派な図録を作られたものである。
秦テルヲについては、今は知ってる人はちゃんと知っているのであろうけど、
それでも損得を考えたら、こんなことはできないだろう。
絵を一枚買うにあたって悶々とする小市民な私など、
それで食べていくと肝を据えておられる
星野さんの爪の垢でも煎じて飲むべきかもしれない。
(いや、やっぱりそれは・・・勇気が要るな(笑)。)

「生誕130年 秦テルヲの生涯」 星野画廊
~2017年7月8日(土)  月曜・6/18(日)休廊
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2017/03/28.Tue

不染鉄展覧会の予定など (染付山水文小皿)

このひと月ほどのあいだに、期せずして軸を二本手に入れた。
この画家の、こういうものがあったらなぁ、、手の届くところで・・・、とは
夢見たものであったが。(夢を見るのは自由ですからね。)
まぁ、手が届くのであるからして、小品だったり若書きだったりするのだが、
「手が届く」ものを買ったのではなく、「これがいい」と思うものを買ったのである。
それって倖せなことではないだろうか。

どちらも大正ごろの山水である。
大半の山水に三毛庵は興味を持てないが、でも山水は好きなのである。
一本には山桜と思しき木も描かれていて、この季節に嬉しいものである。
大半の桜とか富士山の画は、ニガテなのだけれど・・・。
なんというか・・・売る気満々だったりするのはね。

そういえば、「絵は見るものではなく買うものだ」と思うに至ったきっかけである、
不染鉄の展覧会がようやく今年開催されることになった。
(不染鉄も富士山を描いた画家であったが、惚れ惚れとする富士山である。)
「売る気満々の絵が嫌」で、「絵は見るものではなく買うものだ」というのは
矛盾のようだが、身銭を切って見る価値のあるものを見たいということだ。

不染鉄、ずっと待ち望んでいたので、楽しみである。
◆没後40年 幻の画家 不染鉄展◆
平成29(2017)年7月1日(土)~8月27日(日) 東京ステーションギャラリー
平成29(2017)年9月9日(土)~11月5日(日) 奈良県立美術館

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こんな可愛いお家とか・・・

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青くそびえる遠山とか・・・

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描いた人の憧憬の世界を眺めるのは愉しいのである、山水万歳♪

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(径9.5cm)

このお皿は、こういうのんどっかで見た気がするけれど、
何処のものかが分からない。
分からない、ということで結果的にオマケにて頂戴した。
でもなんか、本体よりもオマケのほうが嬉しい三毛庵である。

山水でも、職業的にさささっと描かれたお皿もあるし、
これなどはじっくり、自分の憧れの世界を描いているようで、しみじみとする。
絵もお皿も、有名無名に関わらずこころ打たれるものってあるものだ。
(そのような不染鉄も、一度は忘れられた画家であったのだ。)

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2017/01/15.Sun

モンちゃん (四谷シモン?銅版画)

モンちゃんは、知り合いの骨董屋さんの床に無造作に置かれていた。

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目力に圧されて、拾い上げると「Y.Simon」のサイン。
思い当たるといえば、人形作家の四谷シモンであるが、
澁澤龍彦を通じてその名前に辿り着いたような具合であったので、
そのときは銅版画もしていたかどうかは分からず、
留守番をしていた奥様も何もわからないということであった。
骨董屋さんの品物に埋もれて場違い感満載のモンちゃんであったが、
後ろ髪を引かれる様な気がして、連れ帰ることにした。
(あとでご主人に聞いてみると、仕入れたばかりで
調べようと思って置いていたところ、私がかっさらってしまったらしい。)

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作家は四谷シモンである、ということにして考えると、モンちゃんはお人形だ。
(氏にあやかって、モンちゃんと呼んでいる。)
しかも生首である!?いや、胴体を描いてないだけか。。
・・・見方によっては結構コワい。

IMG_1828.jpg

三毛庵思うに、ぬいぐるみというのは生き物らしく作られてもいないが、
動物の可愛いところが凝縮されていて、血の通った可愛らしさがある。
一方で、お人形というのはなかなか人間という生き物をよく写しているものだが、
それだけに、凍りついた屍体に近しいような、生々しさがある。
(屍体に生々しいという表現もヘンだが、そういう奇妙な存在感がある気がする。)
澁澤龍彦の部屋の写真にも、そういう四谷シモンのお人形があった。

お人形を描いたと思しきモンちゃんは、間近で見るとそのような
生きてはいないものの匂いがする。

でも、モンちゃんは不思議なのである。
部屋に置いてぼーっと遠目に眺めていると、とても人間っぽい。
やんちゃな生娘が顔を覗かせているようだ。
そして、骨董屋さんで異彩を放っていたモンちゃんは、
三毛庵宅のお部屋では、結構居心地良さげにしているのだから
やっぱり不思議なのである。

※額の裏に所載の本がある旨が書いてありました。
 モンちゃんが載っている本をご存知の方がいらっしゃいましたら、
 教えていただけると幸いです♪

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今朝方、西方の十六夜の月。まだ時折舞う雪に霞む。

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昨日宵の口、薄っすら雪が積もった。今朝方撮影。
(昨年凍らしかけたマユハケオモトは慌てて取り込んだ。)

(備忘録:澁澤龍彦の想ひ出↓)
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2016/07/11.Mon

花釘を買いに (染付豆皿)


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ちっちゃこいものにこころ癒される三毛庵である。
ことにこの週末は環境の変化にお疲れで、
ちっちゃこくなっていたい気分だからであろうか。

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二つでも可愛いが・・・

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いやぁ、また五つもある!!(残念ながら一個キズ。)

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(長径5.8cm)

うーん、裏もけなげだ。ダンボからの発掘品である。

日曜の三毛庵、京まで花釘を買いに行く。
床のあるよなお家なわけではないのだが、
「ここには絵を飾る!!」と縄張り宣言した場所があり、お軸も飾れるようにした。
で、欲張りな三毛庵は、掛け花も飾れるようにと無双釘を打ってもらうことにしたのだ。
(大した花器も持ってないのに、おかしな方向に妄想は拡がるのである。)
無事に無双釘をゲットした足で、行ってみたかった書画のお店へと向かう。
(日ごろ小心者なのに、こういうときはチャレンジャーである。)
このあいだの小さなお軸@、何度見たところで
本歌でないのは明らかなのだが、とはいえ佳いなと思ってしまうので、
眼が腐ったのかと不安になってきた。
それでもうこの際だから、プロの人に悪意のあるものか
見てもらっちゃおうかなーと大それたことを思ったのだ。
ちょっとね、そのようなシロートの下らない悩みにも付き合ってくれそうな
こころ優し気なお店を見つけたのです♪
結論はきちんと南画を学んだ人の本歌より若い写し物、
というようなことであった。(若干いいように解釈してるかも(笑))
筋の悪いものではないようなので、安心して飾ってあげたい♪

ちび軸を買ってよかったなぁ、と思ったのは
本歌のことも少し勉強したこと、前から自覚はあったけれど
南画好きだなぁ・・・とさらに書画に興味を持ったこと、
それに親切に教えてもらえそうなお店を見つけたこと。
お軸代は飾るだけでも元が取れそうだけど、
それにこんなにオマケがついて、凄くトクした気がする。
で、南画好きだなぁ・・・と思いつつ件のお店に行ったらば、
ちっちゃく素敵な出会いがあったのだ!!
なんと、花釘を買いに行って書画を下げて帰り、
のんちゃんに呆れられた三毛庵であった。。
系統立てて美術を学んでいないので、画家の名前には
疎い三毛庵、楠瓊州も知らなかったけれど、
ひと目でお気に入りなのであった♪

昔三毛庵、安野光雅の「旅の絵本」を眺めては
旅人になって絵本の中を旅したが、南画ってまさにそれなんだなぁ。。
こうしてまたすこし、世界が拡がってしまう三毛庵なのであった。

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