2017/03/28.Tue

不染鉄展覧会の予定など (染付山水文小皿)

このひと月ほどのあいだに、期せずして軸を二本手に入れた。
この画家の、こういうものがあったらなぁ、、手の届くところで・・・、とは
夢見たものであったが。(夢を見るのは自由ですからね。)
まぁ、手が届くのであるからして、小品だったり若書きだったりするのだが、
「手が届く」ものを買ったのではなく、「これがいい」と思うものを買ったのである。
それって倖せなことではないだろうか。

どちらも大正ごろの山水である。
大半の山水に三毛庵は興味を持てないが、でも山水は好きなのである。
一本には山桜と思しき木も描かれていて、この季節に嬉しいものである。
大半の桜とか富士山の画は、ニガテなのだけれど・・・。
なんというか・・・売る気満々だったりするのはね。

そういえば、「絵は見るものではなく買うものだ」と思うに至ったきっかけである、
不染鉄の展覧会がようやく今年開催されることになった。
(不染鉄も富士山を描いた画家であったが、惚れ惚れとする富士山である。)
「売る気満々の絵が嫌」で、「絵は見るものではなく買うものだ」というのは
矛盾のようだが、身銭を切って見る価値のあるものを見たいということだ。

不染鉄、ずっと待ち望んでいたので、楽しみである。
◆没後40年 幻の画家 不染鉄展◆
平成29(2017)年7月1日(土)~8月27日(日) 東京ステーションギャラリー
平成29(2017)年9月9日(土)~11月5日(日) 奈良県立美術館

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こんな可愛いお家とか・・・

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青くそびえる遠山とか・・・

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描いた人の憧憬の世界を眺めるのは愉しいのである、山水万歳♪

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(径9.5cm)

このお皿は、こういうのんどっかで見た気がするけれど、
何処のものかが分からない。
分からない、ということで結果的にオマケにて頂戴した。
でもなんか、本体よりもオマケのほうが嬉しい三毛庵である。

山水でも、職業的にさささっと描かれたお皿もあるし、
これなどはじっくり、自分の憧れの世界を描いているようで、しみじみとする。
絵もお皿も、有名無名に関わらずこころ打たれるものってあるものだ。
(そのような不染鉄も、一度は忘れられた画家であったのだ。)

(↓無駄に多い庭の記録)
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2017/01/15.Sun

モンちゃん (四谷シモン?銅版画)

モンちゃんは、知り合いの骨董屋さんの床に無造作に置かれていた。

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目力に圧されて、拾い上げると「Y.Simon」のサイン。
思い当たるといえば、人形作家の四谷シモンであるが、
澁澤龍彦を通じてその名前に辿り着いたような具合であったので、
そのときは銅版画もしていたかどうかは分からず、
留守番をしていた奥様も何もわからないということであった。
骨董屋さんの品物に埋もれて場違い感満載のモンちゃんであったが、
後ろ髪を引かれる様な気がして、連れ帰ることにした。
(あとでご主人に聞いてみると、仕入れたばかりで
調べようと思って置いていたところ、私がかっさらってしまったらしい。)

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作家は四谷シモンである、ということにして考えると、モンちゃんはお人形だ。
(氏にあやかって、モンちゃんと呼んでいる。)
しかも生首である!?いや、胴体を描いてないだけか。。
・・・見方によっては結構コワい。

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三毛庵思うに、ぬいぐるみというのは生き物らしく作られてもいないが、
動物の可愛いところが凝縮されていて、血の通った可愛らしさがある。
一方で、お人形というのはなかなか人間という生き物をよく写しているものだが、
それだけに、凍りついた屍体に近しいような、生々しさがある。
(屍体に生々しいという表現もヘンだが、そういう奇妙な存在感がある気がする。)
澁澤龍彦の部屋の写真にも、そういう四谷シモンのお人形があった。

お人形を描いたと思しきモンちゃんは、間近で見るとそのような
生きてはいないものの匂いがする。

でも、モンちゃんは不思議なのである。
部屋に置いてぼーっと遠目に眺めていると、とても人間っぽい。
やんちゃな生娘が顔を覗かせているようだ。
そして、骨董屋さんで異彩を放っていたモンちゃんは、
三毛庵宅のお部屋では、結構居心地良さげにしているのだから
やっぱり不思議なのである。

※額の裏に所載の本がある旨が書いてありました。
 モンちゃんが載っている本をご存知の方がいらっしゃいましたら、
 教えていただけると幸いです♪

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今朝方、西方の十六夜の月。まだ時折舞う雪に霞む。

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昨日宵の口、薄っすら雪が積もった。今朝方撮影。
(昨年凍らしかけたマユハケオモトは慌てて取り込んだ。)

(備忘録:澁澤龍彦の想ひ出↓)
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2016/07/11.Mon

花釘を買いに (染付豆皿)


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ちっちゃこいものにこころ癒される三毛庵である。
ことにこの週末は環境の変化にお疲れで、
ちっちゃこくなっていたい気分だからであろうか。

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二つでも可愛いが・・・

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いやぁ、また五つもある!!(残念ながら一個キズ。)

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(長径5.8cm)

うーん、裏もけなげだ。ダンボからの発掘品である。

日曜の三毛庵、京まで花釘を買いに行く。
床のあるよなお家なわけではないのだが、
「ここには絵を飾る!!」と縄張り宣言した場所があり、お軸も飾れるようにした。
で、欲張りな三毛庵は、掛け花も飾れるようにと無双釘を打ってもらうことにしたのだ。
(大した花器も持ってないのに、おかしな方向に妄想は拡がるのである。)
無事に無双釘をゲットした足で、行ってみたかった書画のお店へと向かう。
(日ごろ小心者なのに、こういうときはチャレンジャーである。)
このあいだの小さなお軸@、何度見たところで
本歌でないのは明らかなのだが、とはいえ佳いなと思ってしまうので、
眼が腐ったのかと不安になってきた。
それでもうこの際だから、プロの人に悪意のあるものか
見てもらっちゃおうかなーと大それたことを思ったのだ。
ちょっとね、そのようなシロートの下らない悩みにも付き合ってくれそうな
こころ優し気なお店を見つけたのです♪
結論はきちんと南画を学んだ人の本歌より若い写し物、
というようなことであった。(若干いいように解釈してるかも(笑))
筋の悪いものではないようなので、安心して飾ってあげたい♪

ちび軸を買ってよかったなぁ、と思ったのは
本歌のことも少し勉強したこと、前から自覚はあったけれど
南画好きだなぁ・・・とさらに書画に興味を持ったこと、
それに親切に教えてもらえそうなお店を見つけたこと。
お軸代は飾るだけでも元が取れそうだけど、
それにこんなにオマケがついて、凄くトクした気がする。
で、南画好きだなぁ・・・と思いつつ件のお店に行ったらば、
ちっちゃく素敵な出会いがあったのだ!!
なんと、花釘を買いに行って書画を下げて帰り、
のんちゃんに呆れられた三毛庵であった。。
系統立てて美術を学んでいないので、画家の名前には
疎い三毛庵、楠瓊州も知らなかったけれど、
ひと目でお気に入りなのであった♪

昔三毛庵、安野光雅の「旅の絵本」を眺めては
旅人になって絵本の中を旅したが、南画ってまさにそれなんだなぁ。。
こうしてまたすこし、世界が拡がってしまう三毛庵なのであった。

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2016/06/04.Sat

水無月の宵 (江戸硝子輪線向付)

あぁ、週末までの長い道程。。
ようやく安堵の金曜日である。

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今日は何か装飾もない、平らかなものを、と。

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江戸硝子の向付。
江戸期のものかは知らないけれど、
ずっしり持ち重りのする鉛ガラスである。

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アイスクリームを盛ると涼やかな、初夏の景色。
ひとつしかないのが残念。

さて、三毛庵怒濤の一週間であった。
絵をね、手に入れたのです、ようやっと。。
5年ほど前、とある図録で見かけて、何か特別な親しみを覚えたもの。
問い合わせると、実はその絵はずいぶん過去に売れたものだが、
今は所在が分からなくなっている、という。
縁がなかったのだと思ったけれど、密かにちいさなまじないを掛けた、
今度出てくるときはチャンスのしっぽを掴ませてね、と。
そういうまじないというもの、一度野に放たれると
本人も忘れているふうなものであるが、あるときふっと帰ってくる。
チャンスのしっぽをちらりと見せながら・・・。
たまたまね、ネットで見たのです、それを。
でもお店は遠方で、ちょうどお休み、そもそもまだあるのかさえ分からない。
いや、あったところで手が届くのか。
まずは、コンタクトが取れるまでの長い長い?時間。。
そんなときは、悲観もせずに普通に暮らさないといけないのである、
まじないを解かぬために・・・。
さて、チャンスのしっぽは、、手を伸ばしたら届いたのであった!!
まだ売れてなく、なんとかやりくりもつく!
そこからまた三毛庵、まじないが解けぬよう、
ますます平静を装って暮らさねばならなかった。
お付き合いのないお店だけれど、実は化かされてはいないよな、とか
輸送途中船は沈没しないよな(海は渡ってないケド)とか、
宅配の人がコケておじゃんにならないよな、とか
凡そあり得ないマイナス思考を追い出して、
やったぜこっちのものだぜ!などというぬか喜びもせず、
ご縁が途切れぬよう、ただただ普通に暮らすのにひと苦労なのであった。

三毛庵の小さな祈りはふるものの神様に通じ、
絵は何事もなく平然とやってきた。
水無月の宵、その絵を眺めてぼんやりしている、
まるでずっと前から、そう暮らしていたかのように。
(それにしても、実物を見ずしてこの絵を買うことについては、
なんの疑いの気持ちも抱かなかったのはフシギなことである。)







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2016/05/26.Thu

おさかなの夢 (西村宣造の小さな銅版画)

ことのほか、堪えた5月である。
昨日も頭痛と吐き気で身動きできなかったが、
それでも、天気が下り坂なだけなのだ
・・・たったそれだけでって、、。

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(縦:約10cm)

西村宣造先生には生前お会いしたことがあった。
怖くて話しかけられなかったけれど。
余りに嘘などすぐに見抜いてしまいそうな眼をしていたし、
私はそのとき不満に思ったからだった。
不満とは畏れ多いことだが、先生のことなど何も知らないくせに、
そのときはどうしてもナットクがゆかなかったのだ。
(当時の状況にはそういうこともあったのかもしれない。)

だけど今、こうしていると、
人はひとりだ、というようなことを噛みしめている時
隣にひっそり寄り添ってくれるような、そういう哀れが、
このような切れ端にも潜んでいる。
西村宣造という人はそういう人なのだと思う。
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