2015/10/29.Thu

旅する骨董 (豊楽焼盃ふたつ)

旅先で骨董を見るのは楽しい。
もともと好きなものをふだんと違う風景の中で見るというのは新鮮だし、
ご当地ならではのものがあったり、
逆にご当地ではないのでお買い得なものがあったり
(このあいだの三田の徳利はそういうものであった)、
品揃えにもなんとなく土地柄のようなものがあったりして、
詰まらない箱モノ見学などするよりはよほどその土地を味わえる。
なので、いつも浮かれて骨董屋を覗いているのであるが、
先日は浮かれ過ぎてへんなものに引っかかった。
今になると地元なら買っていないようなもので、
どうしていいと思ったのかなと首をかしげてみたりするのであるが、
まぁそういうこともある。
カンジンなのは二度はやらないということだ。たぶんね。。
(失敗は問題ではないが、そこから学ばないのは問題なのだ。)

さて、またも勝手にひとのものを拝借してネタにする。
のんちゃんが東の京に行ったときに手に入れたものだ。

IMG_0105.jpg

豊楽さんの盃である。
やきものなのにオモテが漆塗りなのが特徴で、内側は織部風が多い。
漆が塗られていることで、しっとりと上品な味わいがあって佳いものである。
名古屋のご当地焼なので、かの地で見つけたのであれば
風情もあろうがお値段も高かろう。
こういうものが東京の市に並んでいたりすると、あれっと思うのである。
「骨董」とか「酒器」という分野でみると、愉しみの多いものだと思うのだけれど
「骨董」に過ぎるのか?東京では控えめなお値段設定であったと記憶する。
スタイリッシュな骨董たちに紛れて目立たないのはラッキーに思えた。

こちらは、玩具尽くしの黒漆。

IMG_0106.jpg

内側は豊楽焼の定番、織部釉が掛かっている。

IMG_0107.jpg

茶色いほうの蒔絵は葦雁文様。

IMG_0108.jpg

内側には可愛い八重桜で、春秋になっている。

東京なら隅田川焼などに憧れるところであるが、
こんな拾いものをするのも旅の思い出なのである。
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2015/10/27.Tue

ご参考まで (三田赤絵徳利と盃)

台風も発生していないのに、何故かお疲れの果てにいる三毛庵、
完全にバッテリー切れである。
で、致し方なくまたもごろごろすることに。。
あぁ、いつもに増してネタもなく書いている。

IMG_0154.jpg

お湯を沸かしている図なので、これはやっぱり煎茶碗だろうか。
のんちゃんが参考に、と求めた、「三田の赤絵」だそうである。
少し前に九谷焼美術館で再興九谷と三田の交流についての展示があったが、
こういうものを見るとなるほどと思う。

IMG_0155.jpg
(径6.8cm)

白磁の上がりがよいので新しく見えるが、煎茶趣味の流行とか、
再興九谷との関係など考えると明治はあるかなと思うのだけれど。
(筆致から、いやもっと幕末?とか思ってみたり。)
参考品として愉しく、盃にできるなぁ・・・と思っていたところ、

IMG_0156.jpg

こんなものを見つけた。

IMG_0153.jpg
(高さ16cm)

こちらのほうが三田の磁器っぽく青みがある上がりだ。

IMG_0152.jpg

九谷とは描きっぷりが異なるが、なかなか表情のある絵付けである。
煎茶碗の描き手と同じように思われる。
なので煎茶碗が三田なら、これもそうだろうと思うのだが、
売る方は素性が分からないとのことで、
使いでのある袋物にしてはわりにお買い得であった。
二合ほど入りそうなので、世間ではホドホドの大きさの徳利であり、
もうちょっと出世させてあげてもよいのではなかろうか。。
(ちなみに三毛庵とのんちゃんの酒量では少々デカすぎるのであるが。)
関西人なら関西の窯の徳利と盃で一杯、というのもイカしてはいまいか。
(白丹波のようなアジはないが、磁器は洗い易くて便利だし!)
酔っぱらいながら、お肴に九谷と三田の赤絵を眺めやる、
っていう図も赤絵ファンなら愉しいのではなかろうか。

などとまぁ、いろいろ言っても大したことではないのだけれど、
でも、こういうものもあるんだね、っていうのをちょびっと言ってみたかったん♪


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2015/10/25.Sun

月夜に妄想す (染付波千鳥文小皿)

スーパーに買い物にでると、十三夜の月が上っていた。
気温も下がってきたようで、日が暮れるとうすら寒い三毛庵家である。
そういえば今日、昔こんなん欲しいなぁ・・・と思っていたものを見かけた。
買わなかったのは、今はもう欲しくはないからなのか?
少し計り骨董だけに集中できないこともあるからかなぁ。
欲が足りないのもちと寂しい気もする今日この頃である。

IMG_0145.jpg

これといったターゲットもなく市に出掛ける三毛庵であるので、
買う買わないの判断は見たとこ勝負で、自分でも基準がよく分からない。
「チドリだよ♪」と言われて見ると確かに千鳥が二羽飛んでいる。
一緒に描かれているのは波とか飛沫なのであろうか。
上下の文様は何故か葡萄か葛か、そんなんだろう、蔓が墨弾きになっている。
あんがい凝ってはいるのだが、なんともマヌケな感じの柄である。

IMG_0144.jpg
(径10.5cm)

これだけしか取れなかったのか、3枚だった。
なので可愛いお値段で「まとめて買ってよ」。
ちょっと可愛いかな、というようなものをいちいち買っていては
ますます保管場所がなくなるのであるが、
こころが動いたものはもうちょっと眺めてみたい。
市は一発勝負であるので、眺めていたくば身銭を切るほかないのである。

うちに帰ってきれいに洗い、机に並べてぼんやり眺める。
雑器中の雑器だなぁ。。とやっぱり思うのであるが、
そういうのが結構好きな自分を思い知る。
もっと粋なヤツとかで、「こんなん持ってるで」などと自慢したいところであるが、
(いや、そういうのも持っていないこともないのであるが、)
近ごろ益々がらくた好きなのは困ったことである。
でもね、困ったなぁ・・・と思いながら、こんなお皿に
ちょろっとお醤油を差したりしてみたいものだなぁ、とも思うのである。
(思うに、自分にとってよいものとは、この「妄想できる」というのが
ポイントであるような気がする。)
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2015/10/22.Thu

椿と雪輪 (くらわんか手椿文皿)

そろそろ台風も終いかなぁ・・・と思いつつ、微妙に低空飛行の三毛庵である。
辛うじて持ちこたえながらやりくりしているのだが、なんとはなしに
ネガティブな気分で自分でもやだなぁ、、と思ふ。
という訳で、ごろごろしながらするにはもってこいのブログ書きで気分を紛らわす。

IMG_0141.jpg

昔買った、がまた登場・・・こんなんがでてきた。

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椿なのがいいな、と思ったけれど割にいいお値段で、
牡丹とかじゃなく椿だからかなぁ・・・と思った記憶がある。
微妙に厚ぼったくてグレイッシュで、あまり洗練されてない感じ、
でもなんとなく好もしい。

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ぐるりは松竹梅と雪輪文。

IMG_0142.jpg

雪輪文ってどうしてこんな文様なのかなぁ、って不思議だけれど可愛い。
描いてあるとなんだかトクした気がする。

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これってちょっと背伸びしてお洒落したくらわんか、、ですかねぇ。
当時は色の悪い古伊万里って思ってたけれど(笑)。
くらわんかの真骨頂はやっぱり秦秀雄ちっくな闊達な文様なのだろうけど、
こんな風に頑張ってお上品にしているくらわんかにも愛情が湧く。
骨董に舞い上がってた頃に買ったものだから、贔屓目なのかな。
もう今や発色の悪い古伊万里と言うべきか、
珍しくて洒落たくらわんかと言うべきか、冷静には判断できない。
だけでなく当時の自分への愛情がそうさせるのだろう。

このおの美点は、くらわんかだけあって安心感のあるところ。
伊万里よりはぽってりと厚手で、サイズ感も6寸とよいので
遅まきながら普段遣いにしてみようかな、などと企てている。
どんなおかずが映えるかなぁ、と想像をするのだけれど。。
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2015/10/19.Mon

11年目のじかん (くらわんか膾皿)

釣瓶落としの秋、慌てて帰って肉じゃがを炊く。
早く炊けるようにちょっとだけ小さ目にお芋を切ったけれど、
あんまり小さくても美味しくないし、苛々炊いても美味しくない。
「時間」というのもひとつの調味料なのである。
年を取ってよかったことは、時間がかかることに苛立たず、
むしろそれを大切だと思えるようになったことだ。
有り余る時間を持っていたはずの若いころのほうが、
時間に対し焦りを抱いていたというのは不思議である。

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肉じゃがをくらわんか膾皿に盛ったのだけれど、
食べるときは時間を無駄にしない(笑)三毛庵であるので
肝心の盛り付け写真がまたもない!

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(径14.5cm)

くらわんかとは何ぞや、というのもさほど知らぬ頃(きっと10年以上前!)に買った。
使ってみたい気持ちはあったけれど、
いろいろでずっと寝かしていたものをこの秋下ろした。
膾皿の中では小深くて、熱々の肉じゃがもほどよく受け止めてくれる。
時間のないとき、パックのおでんを盛ってもご馳走になる。
当時は今と違ってもっと高かったんじゃないかなと思うけれど、
じゅうぶんに元は取れるぐらい、美味しい時間を提供してくれ、感謝である。

気がつけば、ブログを始めて11年目に入っていた。
鬱だったころ、たまに「時ぐすり」と言われ、
「果たして時間が解決などしてくれるだろうか」などと思った。
そういうこともあるのかもしれない。
私の場合はよい医師に出会えた運が大きかったけれど。。
誰にとっても「時間」は自由に操れるものではない。
よい時間もそうでない時間も、それを生きることができるだけだ。
今でも、鬱だったころ、あの日々を「生きている」とは言いたくはない。
だけど、あの「生きているとは言い難い日々」があって、
いまはいっそう生きたいのだと言える。
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2015/10/14.Wed

ゲイジュツの秋 (三田青磁陽刻蝙蝠文香合)

「恋とはするものはなくて、落ちるもの。」と何かで読んだ、なるほど。
骨董趣味も似たようなものだ。陥らずに済むなら、それでよいのである。
今は「狐憑き」は脱したつもりの三毛庵であるが、
絵なんかは、まだ時にひと目惚れなどする(惚れっぽいのだ)。
勿論興味の持てないものもゴマンとあるのだけれど、
時折、これは生きていく上で必要ではないか?というものが現れる。
中には、一緒に暮らして熱が冷めるものもあるけれど、
そういうことは買わないと分からないし、恋愛から冷めても、
例えば家族というようなもののように、もっと違う愛情の芽生えるものもある。
絵について言えば、実際、自分が生きてきた中で出会えてよかったな、
と言えるような、そういう私的な関わりを感じるものもある。
絵にどう向き合うかということを途方にくれながら考えたとき、
処方箋となるような美術書など在る筈もなく、辿り着いたのが洲之内徹だった。
止むに止まれず買う人の言葉でないと、狐憑きには届かないのである。。
そんなことをふと思う、ゲイジュツの秋なのであった。
(そう、またも欲しいものが現れた、物欲の秋。)

IMG_0103.jpg

画像は本文とはちっとも関係のない、三田青磁香合
のんちゃんが見つけて、素敵だけれどどこの香合かな、と思うと三田との由。
三田はもっとどろっとしたイメージがあって、結びつかなかったのだけれど、
欽古堂亀助などが関わった頃の三田青磁とは本来こういうものなのだそうだ。
(それからあんまり調べたりできていないので、真偽のほどはお任せしますが。)
何にせよふっくらして陽刻の美しい香合であったので頂戴した。

IMG_0101.jpg

吉祥文の蝙蝠の柄がちょっと嬉しい。
現代的には蝙蝠のどこが・・・となりそうだが、蝙蝠は目出度いのである。
やっぱり、虫を食べてくれるところですかね。
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2015/10/07.Wed

弱いもの (和ガラスグラヴュール小皿)

体調は良くないけれど、気持ちはまだ大丈夫、っていうときは、
「ねばならぬ」なことは嫌だけれど、「たい」ことはやりたいのである。
こころの弱い三毛庵。。

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なんということもないグラヴュール小皿?3枚、
地味なものだがあんまり見かけない。
グラヴュールの和ガラスの中庸さが好きである。
スタイリッシュな「シンプル」でもなく、もちろん「デコラティブ」でもない。
技法としてはもちろん渡来のものであるが、湿潤な日本らしい佇まいではなかろうか。

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重ねると微妙にだんだんと小さくて、三つ重ねのようなのだけれど、どうなのだろう。

こういう地味でささやかなものを見ながら、でもこれは「弱く」はないと思う。
そういうときに思う「弱さ」とはなんだろうと考えてみる。
結局のところ、自分にとっての「弱い」ものとは
時間の経過に晒されて耐え切れないものではないかとも思ってみたのだが。。
だけど、耐え切れているかどうかという基準自体、人それぞれだ。
(三毛庵がお気に召したがらくたが、のんちゃんには真にがらくただったりする。)
結局のところ、自分の物差しで「弱く」はないものを選択して、
自分の城を作ってゆくしかない。

 
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2015/10/04.Sun

秋晴れ(九谷赤絵宝尽文小皿&リチャード・デイヴィス展)

秋晴れ、義父がこの世を去って一年が過ぎる。
いろんなことはあるけれど、朝起きて、仕事をして、ご飯を食べて、眠りにつく。
生きている者ができることはそういうことだ。

けれど今日はまた、台風が発生しているからかしんどくて、
したいと思うようなことがままならない。
目が覚めたときから絶望していたような鬱の頃を思えば
気持ちの上では全然問題じゃないので、
しんどいと言い訳する自分がもどかしい。

・・・ってつまらぬことを書いているなぁ、せめてね何かしていたいの。
書きたいこともたくさんある気がする。
でもなんだか、書けない。

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のんちゃんのみたいにかっちょいい赤絵ではなく、
ちょっと間の抜けたような、三毛庵の赤絵
お宝尽くし、、、昔の人は賢明だった、人智の及ばざることを知っている。
こうして文様に祈りを籠める。

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九谷の文字もヘタクソだけれど、それでも慎まやかに祈りがある。
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