2016/05/29.Sun

冷酒のころ (吹きガラス徳利)

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テキトーに撮ったのでは良さが伝わらないのは重々承知なのであるが、、
ふるい吹き硝子の徳利である。
薄くて細かな気泡やうねりがあって、実物は見ているだけでうっとりである。
でも見ているだけではない、是非とも冷酒に♪と連れ帰ったのだ。
これからの季節、さぞかし冷酒がおいしかろう。

盃も繊細な硝子を合わせてもよいのだが、
あぁ、きっとこれとあれはよい筈だ♪と密かにときめいたのは・・・

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じゃじゃーん、昨日の白磁の盃@とのコラボレーション。
三毛庵的にはとってもくすぐられる組み合わせなのであるが、
こういうのって個人的なことだから、どこかどうというのは説明できない。
でも、並べているといたく満ち足りた気分になる。

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徳利の高さ:約10cm)

という訳で、昨夜は盃の飲み心地をさっそくに確認。
小さめサイズの盃も、品よくいただくのには丁度良い気がする。

ちょびっとだけよそゆきの服をきたような、
ほどほどのお洒落感にゴキゲンなる三毛庵であった。
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2016/05/28.Sat

頃合い (白磁金彩松文盃)

日ごろ寝る前、ほんのひとくち呑むだけの三毛庵にとって、
さらりと飲める硝子の盃など実に美味しくいただけるものである。
硝子の盃やすっきりした磁器の盃で飲むお酒が水っぽいかというと
そうでもなく、却ってお酒そのものと向き合えていいように思うこともある。
呑兵衛だったら、そうはゆかないのかもしれないが。。

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(径5cm)

よく吟味された白磁とふっくらした金彩に目が留まる。
実に品佳くお酒をいただけそうななりである。
白磁にありがちな冷たさもなく、装飾も華美でなく、
硝子の盃のようにお酒そのものを楽しめそうなつくりである。

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よく見ると、金彩というよりは蒔絵である。
どういうつくりかは分からないが、松葉に薄っすら緑が載っている。

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千鳥の粒々がずいぶん異なる(笑)。
これでちょこっと呑んでみたいなぁ、と例によって妄想すると、
ちょっと小さいんちゃう?とのんちゃん。
確かに口径はすこし小さいが、深さもあるのでいけるのではなかろうか。

盃のサイズ感は、酒量によりけりである。
三毛庵的にはわずか50cc、1~3杯で飲めれば合格である。
(酒豪の方は50ccを3回に分けてたらやってられないであろうが・・・。)
帰って計ってみる、3回でちょうど50cc、ジャストサイズ♪
しめしめ計画通りであるぞ~と浮かれる三毛庵。

さぞかし美味しいと思うんだけどなぁ、、ということで、
乞うご期待!の今宵なのである。

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後姿も蒔いてます♪
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2016/05/26.Thu

おさかなの夢 (西村宣造の小さな銅版画)

ことのほか、堪えた5月である。
昨日も頭痛と吐き気で身動きできなかったが、
それでも、天気が下り坂なだけなのだ
・・・たったそれだけでって、、。

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(縦:約10cm)

西村宣造先生には生前お会いしたことがあった。
怖くて話しかけられなかったけれど。
余りに嘘などすぐに見抜いてしまいそうな眼をしていたし、
私はそのとき不満に思ったからだった。
不満とは畏れ多いことだが、先生のことなど何も知らないくせに、
そのときはどうしてもナットクがゆかなかったのだ。
(当時の状況にはそういうこともあったのかもしれない。)

だけど今、こうしていると、
人はひとりだ、というようなことを噛みしめている時
隣にひっそり寄り添ってくれるような、そういう哀れが、
このような切れ端にも潜んでいる。
西村宣造という人はそういう人なのだと思う。
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2016/05/22.Sun

人が見たら (李朝堅手塩笥)

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ずーっとこんなふうににらめっこしてた。

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まいったなぁ・・・というかんじ。

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ニューもありまするが、景色だと信じることに。

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この面は、口をつけるのにうってつけ。

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どこからみても、どうしてか好もしい。

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高台はアバウト(笑)。

不思議と、塩笥になるとは思い浮かばなかった。
ただ、庭の花なんか入れたら泣けてくるな、、そう思った。
ほんの寄り道で見つけたので、慌てて連れ帰ったのだけれど、
両掌で抱えると、奥ゆかしい見込みが見えて、あ・・塩笥、と気づいた。
浮かれて綺麗に洗い(釉薬が切れているのは指跡でカセではない)、
取り急ぎ何か飲まん、とインスタントのもずくスープを投入。
皆さま、もずくは塩笥で飲んではいけません!全く飲みにくい!!
でも、もずくがあかんだけであって、スープはそこそこ飲みやすく、
飲み干すには若干上向きになるものの、小さな塩笥と言っていいだろう。
それから、紅茶を入れたり、いろんなものを飲んでいるが、
両手はもちろん、片手でも持てる、賢いお茶碗である。
塩笥なるもの、冬のものなのであろうが、三毛庵は大きな氷をごろんと入れ、
アイスのお茶を飲んだりする。掌がひんやりとして実に美味しい。

三毛庵昔大それたことに、唐津の塩笥を手に入れた。
冷え寂びた様なそれは、シロートの三毛庵にはほんとに唐津か
さっぱり分からないような(実は今でも分かっちゃいない)、
李朝的なヤツなのであるが、今思えばこれはあれに似ている。。
いや、あれがこれに似ているのか・・・。
きっとこういうものが、唐津を生んだのだろうな、、と思ってみる。
いままで李朝でのっぴきならない気分になったことはあまりないのであるが
(というのも、そういう李朝は手近にはないせいだろう)、
これには三毛庵、とても満ち足りた心地がするのである。
不思議と、例えば伝世の味がついてればいいのにな、とか、
もっと素晴らしい高台ならいいのにな、とか、そういう理不尽な要求を
これに対して思うこともない。
ただ在るだけで仕合せな心地がするのである。
これはちょっと、、「人が見たら蛙になれ」と念じてしまうやもしれぬ。


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2016/05/21.Sat

盗んでも手に入れたい (初期赤絵茄子文小皿)

すこし早く目覚めてしまい、布団の中でごそごそしていたが、
黒豆茶でも飲みたいなぁ・・・と思いついて起きることに。
(きっとまた眠くなるだろうけれど。)

こんなとき、作り置きの常備菜でもあれば、一寸失敬して
小腹に収めるのであるが、何しろ仮住まいで最低限の生活ぶりである。
黒豆茶には黒豆のおかきを、とつまみ食い。

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眼にもおいしいものをと、色絵小皿を取り出す。
モチロン柄はクロマメではないが、可愛い茄子が生っている。
・・・ますますお腹が空く。。
勢いのある奔放な絵付けの初期赤絵も佳いものだが、
こういうちょぼちょぼっとしたものもあるのだなぁ、と眺めやる。

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(径10.5cm)

裏も柔らかな白一色。

近ごろ、身に沁みて書き留めておきたく思うようなことは
多々あるのに、なんというかまだ自分の中でも混とんとしている。
これって(もの自体というかものに対峙する自分というか)何だろうなぁ・・・
と思いながらあれこれ考えを廻らすのもの楽しいものだが。

そんな中、画廊の人とたまたまじっくりお話する機会があったり、
メールで骨董屋さんとやりとりする機会があったりして、
自分が大事に思うようなことが、思いがけず
その方たちにも大事に思うようなことであったりするというような、
そういうことがあり、ものを介して気持ちが通うことを楽しいと思う。
売り手というのは、そのものに対する最大の理解者であるので、
いろいろお話しできるのはとても楽しいのである。
がしかし、相手はお仕事なのだとおもうと、あんまりお邪魔をしても・・・とは思う、これでも。

それはそうとそんな時、あー三毛庵宝くじでも当たって、
もっといろいろ自由に買えたらうれしいだろうなぁと(十分に買っているくせに)
思ったりもする。(宝くじなど買ったことがないくせに。)
欲しいというより、もっと知りたいものがいっぱいある、という感じ。
だけど、実際のところ軍資金に余裕があったら、よいものが買えるのであろうか。
身銭を切って、行き場のないような気持ちで買うからこそ
身に沁みるというものではないだろうか。
(それは一番高いところの景色を知らないだけかもしれないが。)
催事でも盗難があったりするというし、世には公金で美術品を買う方も
いらっしゃると知ったけれど、
「盗んでも欲しい」という気持ちにさせるというのは
そのものへの最大の賛辞であるとはいえるけれど(洲之内徹はそうのたまわれた)、
盗んだり(必ずしも転売目的だけではないと聞く)やましいお金で手に入れたものと暮らすことって、
何か得るものがあるのであろうか・・・と、思うにつけ、
やはり財布とにらめっこしながら苦心惨憺買うのがいいやと思う。



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2016/05/18.Wed

名前美人 (染付宝珠文散蓮華)

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そこそこちびっこなのに、座るようにできた散蓮華、
本来の匙の体ではないように思うけれど、手塩皿みたいなものでせうか?
実用そうで実用でないようなものだけれど、見かけると欲しくなる。
使ってみたいばっかりに、晩御飯の箸置きなどにしてみたところ、
窮屈な仮住まいのテーブルで、肩身の狭い思いをする散蓮華であった。

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似たり寄ったりのものであるが、、

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それでもちょっとずつ個性があって、、

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(5cm × 10cm)

うらから見ても、やっぱりやきものの匙・・・・なんかうれしい。
それにしても、「散蓮華」とは魅力的なお名前である。
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2016/05/16.Mon

あまおと (プレスガラス豆皿)

沖縄・奄美が梅雨入り、近畿も容赦ない降りっぷりであるが。
雨音を聴きながら、ぼんやりと絵を眺めやったり・・。

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ふるいプレスガラスはまるで形のある水のようだ。

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そういえば、ガラスが固体であることって結局証明されたのかな。

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氷みたい、とはあんまり思わないかな。

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(径7.8cm)

でもとてもひんやりした塊り。

ふるもののがらくたに癒されたり、
手許の絵に入り込んだりしながらも、
自分のものではない絵のことを考えている。
あれがあったらどんなことを考えるだろうなぁ、と考える、
まるで入れ子のような思考に沈んでゆく。
「あるもので済ませなさい」そう言われて育った(気がする)。
無人島に本を一冊持っていくなら、音楽が一曲だけ聴けるなら、
では絵を一枚持っていくなら、、とも考えてみる。
でもなぁ、それが最期の一枚ではないと知っていたとしても、
一緒に暮らして素顔を盗み見たい気持ちは止められない。
欲望は抑えることができない。
あの絵のことをよくは知らない自分のままでは嫌だと思う。

そういうのって、ほんとうにやっかいだとおもう、、
所有しないとちゃんと考えることができないっていうのは。

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2016/05/15.Sun

エアコンの温度 (ダンス文ガラスコップ)

快晴につき、布団をどっさりと干し、洗濯機にじゃんじゃん働いてもらい、
ゆったりブログなど書く日曜日の午前である。

昨日土曜日は通院の日であったのでお出かけし、
絵を見たいものだなぁ、と思って午後は画廊に寄る。
などというとなんだかかっちょいい感じであるが、
絵好きな人たちの吹き溜まりのような画廊なので、
ぺいぺいの三毛庵はいつもネズミみたいにこそこそっと行くのである。
美術館でも行けば、千円ほどの出費で絵が見れるのであるが、
そんな立派なものを見たいわけでもなく、
それに買えるかもしれない絵を見るのと、
ただ指をくわえているほかない絵を見るのは別のことなのだ。
そのくせ、欲しいものがあったら困るなぁ、、などとと思いながら
出かけるのであるが。

さて、山のように立て掛けてある絵の中から(そういう怪しいところです)、
あれこれ引っ張り出していると、えっ、何?と一気に血の引くような・・・。
何か見てはいけないものを見てしまった感じ。
そして、あぁこれとは一緒に暮らさない訳にはいかない、
という切羽詰まった感情。
この「切羽詰まった」感は、やきもののときとは何故かすこし違う。
特に三毛庵、デッサン・スケッチの類いを好むのであるが、
どうしてこんな、ぺらぺらの紙切れいちまいに、と自分でも困惑する。

そういえば昔、長谷川利行のことなどこれっぽっちも知らなかった頃、
本で向田邦子さんの利行を見て、あぁこの画家も、
向田さんもたいへんだ、って思った記憶がある。
どうも、、絵というのはにっちもさっちもゆかないもののようである。
(買ったのは、当然利行ではございません、、当たり前か(笑)。
でもクンクンすると利行と同じ匂いを発しています。)

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さて、気温はぐんぐん上がり、ガラスコップの楽しい季節である。
まだ、ガマンして引っ越しダンボの封印は解いていないのに、
結局堪え切れずにコップを連れ帰る。(ダンボ開けたほうがマシである。)
こちらはのんちゃんが購入。
今とそれほど違わないガラス質、デコっぽいダンス?の文様からして、
戦前ぐらいのものであろうか?

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このマーク、三毛庵は既視感を覚えるのであるが、何であろう。

Kちゃんは、三毛庵がふるもの好きなのはよく知っているが、
ふと思いついたのか、「骨董好きなんですか?」とのんちゃんに聞いた。
確かにふたりで骨董好きっていうのも不思議っちゃあ不思議だ。
(当初はのんちゃん三毛庵の骨董宣言をいかがわしく思ったようだし。)
何て言うのか?と三毛庵も興味津々耳をそばだてていると、
「炭酸飲むんでも、百均のコップより、もうちょっとだけ出せば
こんなんが買えて、こっちで飲むほうがずっと美味しい。」とのたまわった。
おぉっ、百均大魔王からそのようなお言葉を頂戴するとは!!
(注:のんちゃんは百均へは行きますが食器は買いません。)
でもよかったなぁ、と思う。
このあたりの価値観が余りにズレていると、エアコンに期待する温度が
違いすぎる場合のように、暮らすうえで支障をきたすかもしれないものね。
(ちなみに、連れ帰ったボロ紙のような絵も転がして眺めていると、
のんちゃんはちゃんと飾る場所を作ってくれるのである。)

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実家に帰っていたとき、本屋をうろうろした。
(暇つぶしというような、本屋通いをした日々を思い出すというような。)
あ、いつの間にかこんな本出てたんだ、と牧山桂子さんの本を買う。
これを見て料理しようとか殊勝なことは思わず、
単に美味しそうなご飯の図が好きなだけの三毛庵なのだが、
(同様に、これを見て白洲正子さんと同じ食器が欲しいというふうにも思わない)
牧山桂子さんの文章は、平易でユーモラスで、芯があって好きなのだ。
中で「うつわについて」で和食が無形文化遺産となったことに触れ、
食器もその一部として高く評価されていると信じます、とあった。
おぉ、桂子さんもそう仰っているではないか!!
日々ごはんをいただく器をもっと大事するのが文化ってもんだ~、
と大きく頷く三毛庵(+のんちゃん)であった。
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2016/05/12.Thu

米の飯的 (信楽?香合)

実家の母に「新生姜ご飯をする」と確かに言ったのであるが、
昨日になってあれはどうだったのか、と食いついてきた。
やはり旨そうに思うものが同じようである。
自分のしたことのない旨そうなものを娘が作っているというのが、
何かあり得ない事実のようである。きっと近々作るに違いない。

そういえば、ハリオの土鍋で新生姜ご飯を作って一寸焦ったこと。
ハリオの土鍋はガラス蓋で笛がついているので、
ホォーと音が鳴って蓋の上までぶくぶくっとなったら火を止めるのであるが、
新生姜の時は、このぶくぶくっというのがなかったのだ。
明らかにいつものように笛は鳴っていたので、
火を止めて余熱調理にしたところ、焦げ付かずに上手くできたけれど、
あれって生姜の成分のせいなのかなー、などと思っていた。
がしかし、どうやら犯人は一緒に刻んだ油揚げのようである。。
土鍋ご飯ライフ、楽しいですのう♪

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(5.3 × 4.5cm)

旨そうな話をしていたら、旨そうなものを載せたくなった。
・・・実に美味しそうな焼き菓子、いややきものである。

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あんまり凄そうにしていないところが和む。

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ん、こちらが正面か??(浅学でお恥ずかしい。)

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これは窯印なのでせうか。。(益々浅学)

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横の部分、石が混じっているところも咬み合わせばっちりで、
まじめなもののように思える。

けっこう古いと思うんやけどなぁ、と仰ってた。
「古い」って、、流石に平成を古いとは言わないが、
今や昭和は十分古いからな(笑)。
三毛庵的には、お好みのもので十分ナットクできるお値段ならば、
問題はないのであるが、どういうものかは気になるなぁ。。
信楽か伊賀かな、ぐらいしか思いつかない。
あんまりわざとらしさもないので、せめて明治ぐらいあるのか?
(だいたい香合って銘とか窯印とか入るものなのか?)

あまり土ものを買ってなさげな三毛庵であるが、
ほんとうは欲しいんですけどね、
一見ジミィなのに、自分だけにはこっそり素敵なヤツ。
「脱ぐとすごい」「人が見たら蛙になれ」なのん。
まぁ、誰が見てもすごいのんは、手が届かないというのも
あるけれど、米の飯みたいに毎日食べられるもののほうが、
自分の暮らしには合う気がするのだ。
といって、スタイリッシュに「土もの使ってます!」みたいな
暮らしも性に合わない。(いや、できない、の間違いか。)
そういう積りで見回すと、高いにしろ安いにしろ、
ナットクのいくようなものがないのは、
たぶん三毛庵の言う米の飯的土ものというのは
絶滅危惧種なのであろう。


おまけ:今日の晩御飯(残り物シリーズ)。

姪が駆除?した破竹の筍ご飯、冷凍しておいた実家からのホッケ、
昨日の野菜炒めの温め、買ってきて残っていた浅漬け。
米の飯が食べれて、器も気に入っていれば、これでも言うことなし♪

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2016/05/09.Mon

泣けてくる (ガラス風鈴ほか)

梅雨の走りなのだろうか、予報では雨が続く。
相変わらず背中が強張って布団に潜り込んでいるが鬱ではない。
しんどいなぁ、と思っていても、絵など眺めると
あぁ、どうしてこれはこんなに美しいのだろう、と不思議な気がする。

こころが生きていなかったころは、ただざらりとした嫌な感覚だけだった。
ほかのひとはどうか知らないけれど、そういえば私は
美しいと思う気持ちにいつも驚き、そのように見える対象を
不思議に思うのだ、自然物でも人工物でも・・・。
対象が人工物だと、これを作った人があるとき驚き、
不思議に思ったことをものにとどめたのだ、そのように思う。

でもやっぱり不思議だなぁ、だって美しいからってどうだというのだ。
それでおなかがいっぱいになる訳でもない。
だいたい、自分の言う美しいってどういうことを言うのだ?
分かるのはこころが動いて、ああ生きてるんだなって思うことだ。

亡くなった父や義父も、あの世でもこころが動いたりするのかなぁ。。

相変わらず版画ややきものを見つづけても、
思い浮かぶのはこの程度のことなのだが、そうしているといろんなものが、
うつくしく儚く思えてくる。

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(径5.5cm)

ショットグラスがやっと載るよな小さなコースター。

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(長径4.2cm)

オマケにしてもらった小箱(琴の爪入れかな?)。

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(径7cm)

花火?の硝子の風鈴。

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どれも欲どしく連れ帰ったものであるが、
なんだか、、泣けてくるよなぁ、眺めていると。。
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2016/05/08.Sun

連休を終え (伊万里染付浜辺文小皿)

空いた時間で手紙を書く積りにしていたけれど、
天気が下り坂なのか、今日は一日眠かったり背中が重かったりで、
くじけてベッドにパソコンを持ち込む。
ほかには本と、版画にやきもの!?も・・・。
版画を壁に立て掛けて、そのまえにやきものを置き、
本を読みつつときどきそれらを一緒に眺めやる、といった、
ぐうたらぶりである。
いくらぐうたらでも版画とやきものは別々に見ればよさそうなものだが、
自分が気に入ったものというのは何か共通項があるのであろうか、
お互いが呼応するように一つの風景になるのである。
きっとこざっぱりとした部屋にこの絵を掛けて、
このやきものを傍らに置いたら美しいだろうな、そう思うけれど、
何しろ書斎の本の代わりにやきものを読み捨ててゆく
(いや、この場合拾っているのか)三毛庵であるので、
そういう引き算ができる日はやってこないであろう。
自分でも、もう半日もこれらの美しさについて考えているのに、
これらを相応しく配置することに時間を割けないことが可笑しいが。
でも、どうしても言語化できないこの感動といってよいものに、
盗み見る度、戸惑うのである。

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画像は伊万里で、眺めている「やきもの」とは全く関係がない。
昨日渋めのセッティングで晩酌をしたが、小皿に渋いのがないのには笑った。
でもまぁ、あんまりカッチョいい盆上もらしくないなと、
この小皿を添えたら、背伸びもなくていいやと思えた。

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それにしても、今見ている「やきもの」について何か言いたいけれど、
なかなか機は熟しそうにない。

今日は食いついて手に入れた飯茶碗で夕食。
(仮住まいでは飯茶碗を梱包した箱は開けまいと思っているのに、
目がいやしいので食べるに旨そうな茶碗を見つけては増やしている始末。)
何が相応しいか注意深く検討の末、走りの新生姜の炊き込みご飯に。
絶妙なる組み合わせに満足したが、ご飯が旨すぎてお茶碗を眺める余裕がないのであった。
焼鮭にきゅうりともずくの酢の物、アスパラに冷奴とこざっぱりいただく。
でも食いつきすぎて画像は全くないのですけれどね(笑)。
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2016/05/07.Sat

硝子の季節 (吹きガラスフリル皿)

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そろそろ苺の季節も仕舞いである。
北海道から連れ帰ったおに盛ってみる。

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ほんとうはお酒のアテにカルパッチョとか盛ってみたいのだけれど、
そんなこころづもりより早く使いたく、苺様の登場となった。
画像もほんとはもっと、ガラスの繊細さの伝わるものにしないとなー、
クロスの色に圧されてガラスのお色がいまいちである。

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(径約19cm)

まぁ、無色の硝子ってジミィなものですからね。
これも雑然とした中にいたので、全くもってオーラを消していた。
見つけたときはじめ何かが分からなかったほどだ。
(フリルに氷コップのように色のついてるタイプなら、
すぐにピンとくるのだろうが・・・無色のほうがお好みだけれど。)
でも持ち帰って綺麗に洗って、傍に転がしておくと、
血が通ったように息を吹き返した、ちょっと嬉しいめっけもん、
大正時代はあるといえる吹きガラスである。
サイズがあって、使い手も上々といったところ。
まぁ、強いて言うなればスタッキングがむつかしいところですかね、
フリルのおって。(あぁ、また場所食いなものが。。)

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おまけ。
ホタルイカのコンフィをのんちゃんがあまり好まないと
仰るのでひとり占めすることに・・・。
つまみで食した残りを一気にペペロンチーノに♪
テキトーに盛り付けたらイカ共が上に浮上してきて
なんかコワい感じになったけれど、美味~であった。
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ものたち | Comments(0)
2016/05/05.Thu

立夏 (ガラスリキュール杯)

旅行の後の片づけをして、今日はのんびりする日、とばかりに
だらだらしていたら、美味しそうな塊り肉をいただいた。
立夏、そろそろ長時間の煮炊きは暑苦しい感じではあるが、
茹で豚にして食することにする。
火の番がてら、ブログなど書くのも冬ならば悪くはないものであるが。

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(高さ9.2cm)

リキュール杯は十二分に持っている三毛庵であるが、
見かけるとあれこれ理由を見つけては手に入れている、なぜだろう。
この度は、ちょっと技法的に興味をそそられたのであった。
なんということもないカット文様で、強いて挙げれば
脚もカットされているところがいくらか手が込んでいると言えなくもない。
でも、気になったのはオモダカみたいな三つ葉の部分が
グラヴュールなところである。
どうでもいいことといえばそうなのだけれど、実に気になる。。

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どこのものかは分からない、とのことであったが、
なんとなく、しゅっとしてない幼い感じ、日本製ですかねぇ、、
とすればまぁ戦前までのものかなぁ、と思うのであるが。

ちょこちょこ家のことをしつつ、時折この杯を眺めてみたり、
先日買った版画を眺めてみたり、研究に余念がない。
言えば本を一冊買って読むようなものである。
その版画は相変わらず詳しいことが分からないのだけれど、
自分の好きなほかの絵と並べてみたりもする。
そんなふうにして見比べても、ただぼんやりと見つめても、
色褪せなければ上々だといえる。
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ものたち | Comments(0)
2016/05/04.Wed

河原撫子 (古伊万里染付撫子文飯茶碗)

やれやれとばかりに帰宅。
キタナイ・・・いや雑然とした我が家に戻りほっとする。
(実家に帰ってほっとし、我が家に帰ってほっとするとは贅沢である。)
綺麗に片付いたおうちが流行っているようで、
それはもちろん暮らし方としては美しいと思うけれど、
何もみんな右に倣えでなくともよいのに・・・と
負け惜しみ半分、三毛庵は思う。
帰ってみると出る前に買って眺めていた版画が立て掛けてあったり、
連れ帰って洗って並べたままのお皿が転がっていたり、
それはもう散らかしているのだが、見た途端、
そこからまた思考がはじまる。
言ってみれば読みかけの本をまた栞から開いて読み始めるようなものだ。

三毛庵が貴族なら、邸宅のパブリックスペースは整然と片付け、
書斎は魔窟のような研究物で溢れることも可能だろうが、
悲しいかな平民であるので、我が家全体が書斎化してしまうのである。
のんちゃんも、散らかすこと鬼の如しであるが、
散らかすことと汚すことは別ものとして扱っているように思う。

実家に帰って思ったのだが、どうもこの私の習性は母譲りらしく、
母の庭仕事の作業場は、それはもう雑然としている。
綺麗な花を山ほど咲かせて愛でているのに、作業場の景観の
問題点に気づかないのはどういうことか、と姉や妹は言うのだが、
私には判る、、確かに母も言っていた、「忙しいんだぁ」と。
そう、人様から見れば掃除する暇ぐらい持ち合わせてそうに
だらだらしている三毛庵も、主観的にはとっても忙しいのである。
なので片付けるとき=次に散らかしたいとき、なのである。

嗚呼、万事片付けられる人というのはどのような脳内なのであろうか。。

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撫子文の飯茶碗(正しくは煮物碗か?)の残骸を買った。
小さなほつれがあるガラであるが、使えなくもないか、、
と連れ帰ったら、蓋にもかじったような小キズがあった。
(テープで巻かれていたので気づかなかったのだ。)
ちょっとぐらい使ってみたいけど、ビミョーに可哀想な感じで悩ましい。

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実家で母が、「ムラサキツツジ、あの色が最初に咲くのが
好きだから、あちこち植えるんだ~。」
「満開の時より、ぽつぽつ咲き始めがいい。」などと言うのを聞いて、
遺伝子ってコワい、とおもった三毛庵である。
思考回路、そっくり・・・婆さんになっても散らかしまくるんだわ。

そういえば、河原撫子が好きな三毛庵&三毛庵母だったっけ。。
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2016/05/02.Mon

連休雑感 (型吹ガラス筒盃)

連休前半、北海道は雪が降るほどの寒さだった。
札幌で三岸好太郎美術館へ行く。
近くでカレーうどんを食す、しかも京風である。
(のんちゃん曰く京都の日の出うどんさんに近しいお味、
と言えばカレーうどん好きの方には伝わるであろうか。)
美術館の近くにスープカレー屋さんがあり、以前行ったときに
いっぱいであったので、その「カレーうどん椿」さんへ行ったのだ。
京揚げと九条ネギの出汁風味を北海道で食べるのも不思議であるが、
お昼はうどんそばが多い三毛庵家にはありがたい存在である。
(ちなみに今日は竹老園にて蕎麦を食す。
肉食女子三毛庵は親鳥の滋味あふれるかしわ種込が定番であるが、
のんちゃんはあわ雪派である。
泡立てた卵がクリーミーなお蕎麦で、竹老園でかしわぢゃないのん?
と不思議に思ったものだが、卵マニアには密かに人気のメニューのようだ。
本日は蕎麦寿司も半分こで食す。)

翌日はせっかく開通していた知床峠が凍結で閉鎖、
あきらめてお気に入り、川湯温泉の公衆浴場に入る。
川湯温泉・硫黄山の硫黄の匂いとかは大の苦手で近寄らない
三毛庵であるが、硫黄泉の温泉は格別なのである♪

実家に帰ると、庭にはシラー、タツタ草、サンギナリア、
いろいろの球根、山野草が咲く。
北海道では空気の色も花の色も冴え冴えとしていて、
湿潤な関西から見ると、やはり日本という概念から外れている。
山野草が地植えで鮮やかに咲くのは羨ましいが、
地味な茶花がもっさりと咲く日本っぽい関西の庭もそれはそれでお好みである。

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実家でだらだらブログでも、と画像を持ってきた。
(なのでサイズを測っていないケド、小さめぐい飲みサイズ♪。)
こちら@の筒盃をいたく気に入って、やたらと使っていたら、
のんちゃんがそれでは、とこれを連れ帰ってきてくれた。
確かアルフィーの坂崎さんの本に同手が載っていたような、とみると
それはおんなじ感じの乳白の手だった。

IMG_1129_20160502080011d96.jpg

姪に言わせると、本の乳白のほうがイイ!そうであるが、
三毛庵的には無色がお好みである。
ちょい飲みばかりの三毛庵は近ごろ馬鹿の一つ覚えのように硝子盃だ。
(仮住まいというせいもある、、)
呑兵衛だったらもっと酒の旨い酒器ってあるのかもしれないが、
まぁ存外せっかちなこともあり、硝子でぱぱっと飲んでおしまい、
っていうのが性分に合っているのかもしれない。

やきものにしろガラスにしろ、よい盃というもの、
生活スタイル、酒量によって本来人それぞれなのだ。
どんなに自分の盃が、徳利がお利口かを自慢するのは
つまりは親バカなわけだけれど、
まぁそれが遊びっていうものですからね。
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