2017/08/20.Sun

「暮らす」時代 (スリップウェア鶏文皿)

先日のナゾの西洋のお皿@を手に入れた前後から、
ちょこちょこと西洋のものにご縁がある。
三毛庵おそらく和もの好きであるとは思うけれど、
そういう和もの好きから見て好もしく思えるような西洋のものたちである。
洋ものに関心ができて探したとかそういうのではなく、
このようなご縁というのは何故か芋蔓式にやってくるのである。

IMG_2812.jpg

「何か分かったらちゃんと報告してな。」と言われつつ連れ帰ったおである。
うーん、何かと問われればスリップウェアだよなぁ。。
そうは思ったけれど、スリップウェアの故郷、英吉利のものなのであろうか?
そうであるならば、時代は何世紀になるのであろうか?
昔、スリップウェア展も見に行き、図録も持っている三毛庵であるが、
どうも確証が持てない。

IMG_2811.jpg
(23.5cm)

鶏の文様は英吉利のスリップウェアにはよくあるようである。
釉薬のお色も、同じようなものがある。

IMG_2813.jpg

こういうとき、高台には重要なヒントが隠れていることが多いが、
そもそも三毛庵の持っている本にはの表は写っていても、
裏側までは写っていないのである。

IMG_2814.jpg

実はこれには針金で手作りした掛けがついていた。
「近美の評論家の書斎にあった」という触れ込みであった。
近美の評論家と言われて思い浮かぶのは、河北倫明氏である。
絵の好きな三毛庵にとって、その触れ込みだけでも十二分に魅力であったが、
河北氏がほんとうならば、民芸運動の時期とも重なるのではないかと思われ、
当時招来されたものではなかろうかなどとも妄想するのであるが・・・。

思いがけずアンティークと思しきスリップウェアを手に入れて、
まぁそれが、三毛庵らしくあの、さざ波みたいな文様ではなく絵文様である。
(さざ波みたいなやつなら、とうに誰かの手に渡っていたろう。)
とはいえトフトウェアみたいに豪華ではない、楚々としたトリさんであるところがよろしい。
暫く転がして横目で眺めていたけれど、なかなかに美味しそうで、
今度白くないパンなど盛ってみたいと思う次第である。

昨日は休日返上でお仕事、、そうなると沸々と何かしたい欲求に駆られ、
お昼休みは本屋さんで気分転換。

IMG_2815.jpg

暮しの手帖 別冊「家事じょうずの暮らし」、家事上手になろうと目論んだわけではない。
家事を暮らしそのものと捉えて愉しんでいる方のお家がたくさん載っていたので、
なんだかこのところ仕事に明け暮れていた三毛庵は、
お宅拝見♪でちょっこら気分を上げ、自分の暮らしも整えたいと思ったのだ。
三毛庵の場合、時短術とか断捨離とか読んだところで、
渇きが癒されるわけでもない。
ただ、「時間を取られる」という考え方に陥らずに家事をしたいと思うのだ。
いやしんぼうにとって、美味しいお茶とは愉しく淹れたお茶であることは自明の理である。

『「生活工芸」の時代』(三谷龍二+新潮社編)
もう3年も前に出版された本であった。。
自分が骨董などのものと暮らしている一方、
世の中も「暮らし」を大切にする時代になって、でもその中で、
なんというか悪い意味でそれがファッションみたいになっていたりもして、
こういう時代を識者の方はどのように捉えておられるのか、と手に取ってみた。
(近ごろは、ミニマリズムでさえ「消費」されているような気がする。。)
振り返って三毛庵はといえば、まぁ雑食でいろいろ食べるのである。
でも自分が気になったことをうやむやにしない暮らしは愉しいものである。
誰かに見せるために暮らしているわけじゃないのだから
やりたいようにやればいいのであるが、ほんとうに好きでしていることには、
結果的に一定の統一感といったようなものが生まれるのが不思議である。
>>続きを読む
スポンサーサイト
 ◆にほんブログ村に参加しています!お気に召しましたらポチッとお願いします♪
 にほんブログ村 美術ブログ 古美術・骨董へ にほんブログ村 美術ブログ 絵画へ    
ものたち | Comments(2)
 | HOME |