2014/05/29.Thu

眼に美味しい (プレスガラス小鉢&皿)

20140526 001

久しぶりに、かん袋さんの「くるみ餅」を食す。
見た目的に地味で、だららんとして盛り付けにくいのであるが、
いつ食べても折り紙つきのウマさである♪
先日みつけた和硝子の浅い小鉢が大きさ的にちょうど頃合い♪

20140504 032

あんまりイイ感じに撮れなかったのだけれど、
透明感のある和硝子で、この「無色のお色味」に
三毛庵はいつもふらふらと手を出してしまうのである。
(意外と時代はあると思う。)

20140526 004
(径11cm)

うーんやっぱりテキトーに撮ったんではイマイチな感じだな。
周囲のぽつぽつした模様は、実は外側にフジツボのようにくっついていて、
フシギなデザインなのであるが、これがまたパテントNOが入っていたりする。
フジツボはいかがかと思うけれど、内側を見るとガラスの透明感と相まって
キラキラしてなかなかに魅力がある。

ところで三毛庵、ブログを書くときはだいたい画像の品を手許に置いている。
大きさを計って載せるから・・・というのもあるのだけれど、
そのものを眺めながらじゃないと、思ったことを書けない気がするからである。
それでもね~見つけた時のときめきっぷりを忘れないのは結構難しく、
書くことは左脳という働き手に命令し、見ることは自由な右脳にお任せして、
なんとかそれをここに留めようと試みるわけである。
(ちなみに私が好きだなと思う画家の人たちはだいたい、
見るときは詩人で描くときは職人だと言っている。
保守的かもしれないけど、理屈の多い絵も、技術のない絵もいいと思えない。)

ものの佳さというのものにも確かに一般的な「要素」はあるので、
理屈をこねるのは難しいことではないと思うけれど、
それを並べたところで、「ときめき」に近づけたような気がしないのが難しい。
どうすれば、このひんやりしたきれいなものたちをほめてあげられるのだろう?

20140504 030
(径15.2cm)

このおも、なんでもない無色のプレスだけれど、手に取ると
なんだかそぉっと耳を近づけてみたいような、微かに五感に訴えるものがある。
でもそういうのは、ほんとうのところ「実物」からしか伝わらない。。もどかしい。

さらに話は横へそれて、三毛庵この人趣味いいなぁ・・・と思うと、
その人の本などを注意深く見る。
だいたい、なかに1~2割、自分にはそのよさが分からないものがある。
だけど、さらに注意深く見ていると、あるときそれがふと腑に落ちたりする。。
まだまだ育て甲斐のある自分の眼である。
そういうのって、決してセオリーではないんだけれど・・・
眼はひたすらに「見る」ことで鍛えられると思う。
関連記事
スポンサーサイト
 ◆にほんブログ村に参加しています!お気に召しましたらポチッとお願いします♪
 にほんブログ村 美術ブログ 古美術・骨董へ にほんブログ村 美術ブログ 絵画へ    
ものたち | Comments(0)
Comment

管理者のみに表示