2014/07/21.Mon

人には教えない (伊万里染付鹿文豆皿)

夏休みをちょこっと頂戴し、だ・ら・ら・ん中。
実家で避暑なのだ。
実家に帰るとねぇ、全細胞が緩んぢゃう。
せっかくの帰省なので有意義に過ごしたい(貧乏性)、なぁんて思うけれど、
やけに眠くなって気づけばごろごろしている。
きっと真の意味で休暇なんだね。

道東には骨董的愉しみは殆どないと言っていいけれど、
故郷に帰ると何にも要らないなぁ・・・と思う。
うーん、というよりも此処には全てがある、という気がする。
陽射しにも空気にも、必要なものは全て、満ち足りている。

のんちゃんと、人には教えたくないワインディングロードをちょっとドライブ。
エゾ鹿がこっちを見ていた。
鹿の害はあちこちで言われるけれど、気持ちの良い道路が、
野生動物の縄張りを寸断したりしていることも事実だよね。
三毛庵もあちこちで害を撒き散らしながら生きているんだなぁ、、
襟を正せないところがヨワい生き物である。。

20140715 016

先日、お友達と待ち合わせをしながら、たまに覗く素敵なお店で見つけた。
想像力豊かな三毛庵は「やーん、夫婦のかあいい鹿さん♪」と興奮したが、
ひょっとすると「馬鹿の図」なのであろうか・・・いやいや。
ぽつんと一枚置いてあって、この画の世界観とお店の雰囲気がぴったりで、
うれしいめっけもん。

20140715 018

このお皿が出来た頃は、ひとも鹿ももっと平等に生きてたんだろうなぁ。
木だってこんな大木だもんね。
ミケア地区なんてね、気候がいいものだから、街路樹なんて
丸太のように剪定される、いやあれは剪定なんていえないよな。
どうして自然に任せて手入れできる樹種を選ばないのか、
電線の邪魔になるなどという、どっかの意見が罷り通るのかと思うよ。
自然が簡単に再生するものだと思っているんだろうな。
ああいう街路樹を見るとまるで文化レベルを丸出しにしているいたいで
恥ずかしくなる。
人様のことなどエラソーにいえない三毛庵であるが、でもやっぱり
木を大切にしない生き方を文化とは呼びたくない。

20140715 017
(実家で現物がないのでサイズがわからない!→7.2cmでした!!)

さてさて、伊万里なのだそうだけれど、意外と見かけない豆皿である。
(本で似た感じの裏行きの伊万里を見たので実際そうなのかもしれない。)
小深くて持ち重りがして、ぎりぎり盃として認知できるかも(笑)
とっても素敵なお店なのだけれど、こういうお愉しみのあるものが
楽しめるお値段でちょこんと置かれたりしていて、良いなぁと思う。
お店を知りたい方は・・・自分で探しましょう(笑)
三毛庵はいぢわるなのであった。
(必要な情報は、努力なしでは得られないのである。)
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ものたち | Comments(2)
Comment
No title
ぱっと見た時、見落としそうですが、まさに鹿さんですね。
夫婦の雰囲気がよく出ている。
見入るほどに、雰囲気のある豆皿ですね。
こんなの、大好きです。
ココペリ77さんへ
なんていうこともないお皿なのに、
私もこのありそうでないさりげなさが気に入っています。
他にも気に入っていただける方がいらっしゃると、
なんだかうれしいです。

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