2015/08/16.Sun

骨董生活 (波佐見色絵マグカップ)

骨董という病に取り憑かれていたころ、身の回りのものを何でもふるいものにしたい、
と密かに野望を抱いたものであった。
やはりそれは「病」の症状である、、良識ある?今は別にそうは思わない。
それは本末転倒だということに気付いたからだろうか。
骨董を好きになったのはここちよいものがそこに多かったからで、
それが骨董だから好きなのではない、ということをどこかで思い出したのだろう。
それでも今も、ふるいものの中に、ここちよいものを時折みつけるのであるが。

P1200397.jpg

これと同じマグカップを昔某所で見かけたとき、羨ましくて仕方がなかった。
その頃、病の真っただ中であったので、「和骨董のマグカップ」などという
夢のようなものがあることに、ただただうっとりとしたのであった。
三毛庵朝はマグカップで珈琲派なので、それがあればALL骨董生活が実現できるのである。
当時はすっごいお高くても買っちゃうかも~の勢いで妄想した。

P1200398.jpg
(口径8cm)

憑き物も落ちて、マグカップもいくつか気になった作家さんのものなどで満足したころ、
ひょいっとこれを見かけたのである。
(デッドストックということで、幕末のものとは思えぬきれいさであったが、
少し前に大量のデッドストックが見つかっているらしく、これもその一つかもしれない。)
ふるものの神さまはやはり気まぐれというかへそ曲がりである。
がっついているときには知らん顔なのは、、本人のためを思ってなのだろうか。
(昔のんちゃんとラリーを見に行ってソルベルグ様にサインをもらおうとし、
イケイケなお姉様たちにひるんでいたら、のんちゃんが「ああいう人たちには
サインはくれない。静かにお願いすればいいのだ。」というのでそうしたら、
本当に私にはサインをくれた。
ソルベルグ様もふるものの神さまも控えめを良しとするのであろうか。)

P1200399.jpg

という訳で、思いがけず朝「ふるもののマグカップで珈琲」という、
ちっちゃこい夢が叶った三毛庵である。
ちなみに画像はALL骨董ではない。
お盆なので、木のお皿は亡父の思い出のあるもの@を取り出してみた。
珈琲はアイスに。
ちょうどよくたっぷり目に入ってあんがい飲みやすく、休日の朝にここちよくいただける。
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