2015/09/08.Tue

秋津 (青貝豆煎茶盆)

ブログとは日記な訳だから、何を書こうが自由なものだが、
読まれることを前提に公開しているのだから、役に立つとは言えずとも、
みなさまのほんの息抜きぐらいにはなればよいなと思う。
日ごろいろいろな方のブログでちょっと一息つかせていただいている身としては
切にそう願うのであるが、そのためには真摯に書かねばなるまい。
虚構であっても真摯に、だ。
しかし三毛庵、このごろ意図して書かないでいることなどあり、
自分のこころを占めているようなことを避けているのはなんとなく嘘があると思う。
じぶんの暮らしのおへそを避けて「もの」だけのことを書くのは難しい。
・・・まぁ、この宙ぶらりんはもうしばらく続くのだろうなぁ。

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こんなふうに撮ると全くもってサイズ感が分からないけれども、
つまりはこれはちびっこのおである。
三毛庵にとっては「うひょ~」なものであるが、まぁニッチなものだ。
でもこんなに小さくて可愛いものをだれがどうして思い立って作った
(あるいは作らせた)のかな。
そう思い巡らす時間を買ったと思えば、無料でお仕着せのドラマ
(が悪いとはいわないが)を小一時間見るよりも、
三毛庵には元が取れた感があるのである。

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ちびっこなので青貝の蝶々もたどたどしい形、幼くて佳いなぁと思ったのを
なかなか見たように写すことができない。

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蜻蛉がいるのはやっぱり日本のものなのかな。
昔、家の近くにほんの小さな、湿地といえば大げさな、
原っぱの窪みが湿りがちな、そういうところがあった。
秋になるとなんというか、入れ食い状態に赤とんぼがいて、
滅多には捕まえられない銀ヤンマとは違って有難みもなく捕まえていた。
(今思えば無残である。)
近所の高校生に「蝶々捕まえてるの?」と声をかけられた三毛庵は、
「どう見ても蜻蛉だろーが、バカにすんな!」と憎々しく思った
100%可愛げのない子供であった。
(子供とはそういう残酷な生き物だといまだに信じているのだが。)
もう一つ忘れられない思い出は、まだ若い三毛庵とのんちゃんが
ふらっと早朝柴山潟へ行ったときのこと。
立ち枯れた葦のあいだをふらふら歩いた記憶があって、
見るとどの草にも赤とんぼがじっと止まっている、無数に無数にだ。
まるで葦と一緒に枯れ果てたような、しんとした死の光景のようだった。
そうこうしているうち、朝日が強く輝きだして、
そうしてある瞬間、とんぼは一斉に飛び立ったのだ。
今思えば、朝日で夜露が乾いたのだろうけれど、
思いがけずに見たことのない光景を目にして、ただただ立ち尽くした。
それは、秋の深まった頃に柴山潟へ行けば今も出会える光景かもしれない。
一方、幼いころの小さな湿地は今は失われた光景である。
もう、鮮明には思い出すことができない。

IMG_0042.jpg
(10.5 × 16.5cm)

は、三毛庵のちっちゃな煎茶道具@の晴れ舞台に・・・。
遊べるのっていいね。
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