2015/10/19.Mon

11年目のじかん (くらわんか膾皿)

釣瓶落としの秋、慌てて帰って肉じゃがを炊く。
早く炊けるようにちょっとだけ小さ目にお芋を切ったけれど、
あんまり小さくても美味しくないし、苛々炊いても美味しくない。
「時間」というのもひとつの調味料なのである。
年を取ってよかったことは、時間がかかることに苛立たず、
むしろそれを大切だと思えるようになったことだ。
有り余る時間を持っていたはずの若いころのほうが、
時間に対し焦りを抱いていたというのは不思議である。

IMG_0137.jpg

肉じゃがをくらわんか膾皿に盛ったのだけれど、
食べるときは時間を無駄にしない(笑)三毛庵であるので
肝心の盛り付け写真がまたもない!

IMG_0138.jpg
(径14.5cm)

くらわんかとは何ぞや、というのもさほど知らぬ頃(きっと10年以上前!)に買った。
使ってみたい気持ちはあったけれど、
いろいろでずっと寝かしていたものをこの秋下ろした。
膾皿の中では小深くて、熱々の肉じゃがもほどよく受け止めてくれる。
時間のないとき、パックのおでんを盛ってもご馳走になる。
当時は今と違ってもっと高かったんじゃないかなと思うけれど、
じゅうぶんに元は取れるぐらい、美味しい時間を提供してくれ、感謝である。

気がつけば、ブログを始めて11年目に入っていた。
鬱だったころ、たまに「時ぐすり」と言われ、
「果たして時間が解決などしてくれるだろうか」などと思った。
そういうこともあるのかもしれない。
私の場合はよい医師に出会えた運が大きかったけれど。。
誰にとっても「時間」は自由に操れるものではない。
よい時間もそうでない時間も、それを生きることができるだけだ。
今でも、鬱だったころ、あの日々を「生きている」とは言いたくはない。
だけど、あの「生きているとは言い難い日々」があって、
いまはいっそう生きたいのだと言える。
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