2016/05/04.Wed

河原撫子 (古伊万里染付撫子文飯茶碗)

やれやれとばかりに帰宅。
キタナイ・・・いや雑然とした我が家に戻りほっとする。
(実家に帰ってほっとし、我が家に帰ってほっとするとは贅沢である。)
綺麗に片付いたおうちが流行っているようで、
それはもちろん暮らし方としては美しいと思うけれど、
何もみんな右に倣えでなくともよいのに・・・と
負け惜しみ半分、三毛庵は思う。
帰ってみると出る前に買って眺めていた版画が立て掛けてあったり、
連れ帰って洗って並べたままのお皿が転がっていたり、
それはもう散らかしているのだが、見た途端、
そこからまた思考がはじまる。
言ってみれば読みかけの本をまた栞から開いて読み始めるようなものだ。

三毛庵が貴族なら、邸宅のパブリックスペースは整然と片付け、
書斎は魔窟のような研究物で溢れることも可能だろうが、
悲しいかな平民であるので、我が家全体が書斎化してしまうのである。
のんちゃんも、散らかすこと鬼の如しであるが、
散らかすことと汚すことは別ものとして扱っているように思う。

実家に帰って思ったのだが、どうもこの私の習性は母譲りらしく、
母の庭仕事の作業場は、それはもう雑然としている。
綺麗な花を山ほど咲かせて愛でているのに、作業場の景観の
問題点に気づかないのはどういうことか、と姉や妹は言うのだが、
私には判る、、確かに母も言っていた、「忙しいんだぁ」と。
そう、人様から見れば掃除する暇ぐらい持ち合わせてそうに
だらだらしている三毛庵も、主観的にはとっても忙しいのである。
なので片付けるとき=次に散らかしたいとき、なのである。

嗚呼、万事片付けられる人というのはどのような脳内なのであろうか。。

IMG_1119.jpg

撫子文の飯茶碗(正しくは煮物碗か?)の残骸を買った。
小さなほつれがあるガラであるが、使えなくもないか、、
と連れ帰ったら、蓋にもかじったような小キズがあった。
(テープで巻かれていたので気づかなかったのだ。)
ちょっとぐらい使ってみたいけど、ビミョーに可哀想な感じで悩ましい。

IMG_1121.jpg

実家で母が、「ムラサキツツジ、あの色が最初に咲くのが
好きだから、あちこち植えるんだ~。」
「満開の時より、ぽつぽつ咲き始めがいい。」などと言うのを聞いて、
遺伝子ってコワい、とおもった三毛庵である。
思考回路、そっくり・・・婆さんになっても散らかしまくるんだわ。

そういえば、河原撫子が好きな三毛庵&三毛庵母だったっけ。。
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