2016/05/21.Sat

盗んでも手に入れたい (初期赤絵茄子文小皿)

すこし早く目覚めてしまい、布団の中でごそごそしていたが、
黒豆茶でも飲みたいなぁ・・・と思いついて起きることに。
(きっとまた眠くなるだろうけれど。)

こんなとき、作り置きの常備菜でもあれば、一寸失敬して
小腹に収めるのであるが、何しろ仮住まいで最低限の生活ぶりである。
黒豆茶には黒豆のおかきを、とつまみ食い。

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眼にもおいしいものをと、色絵小皿を取り出す。
モチロン柄はクロマメではないが、可愛い茄子が生っている。
・・・ますますお腹が空く。。
勢いのある奔放な絵付けの初期赤絵も佳いものだが、
こういうちょぼちょぼっとしたものもあるのだなぁ、と眺めやる。

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(径10.5cm)

裏も柔らかな白一色。

近ごろ、身に沁みて書き留めておきたく思うようなことは
多々あるのに、なんというかまだ自分の中でも混とんとしている。
これって(もの自体というかものに対峙する自分というか)何だろうなぁ・・・
と思いながらあれこれ考えを廻らすのもの楽しいものだが。

そんな中、画廊の人とたまたまじっくりお話する機会があったり、
メールで骨董屋さんとやりとりする機会があったりして、
自分が大事に思うようなことが、思いがけず
その方たちにも大事に思うようなことであったりするというような、
そういうことがあり、ものを介して気持ちが通うことを楽しいと思う。
売り手というのは、そのものに対する最大の理解者であるので、
いろいろお話しできるのはとても楽しいのである。
がしかし、相手はお仕事なのだとおもうと、あんまりお邪魔をしても・・・とは思う、これでも。

それはそうとそんな時、あー三毛庵宝くじでも当たって、
もっといろいろ自由に買えたらうれしいだろうなぁと(十分に買っているくせに)
思ったりもする。(宝くじなど買ったことがないくせに。)
欲しいというより、もっと知りたいものがいっぱいある、という感じ。
だけど、実際のところ軍資金に余裕があったら、よいものが買えるのであろうか。
身銭を切って、行き場のないような気持ちで買うからこそ
身に沁みるというものではないだろうか。
(それは一番高いところの景色を知らないだけかもしれないが。)
催事でも盗難があったりするというし、世には公金で美術品を買う方も
いらっしゃると知ったけれど、
「盗んでも欲しい」という気持ちにさせるというのは
そのものへの最大の賛辞であるとはいえるけれど(洲之内徹はそうのたまわれた)、
盗んだり(必ずしも転売目的だけではないと聞く)やましいお金で手に入れたものと暮らすことって、
何か得るものがあるのであろうか・・・と、思うにつけ、
やはり財布とにらめっこしながら苦心惨憺買うのがいいやと思う。



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