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2010/05/07.Fri

絵描きの時代1<志摩 波切村>

2010年4月17日(土)
左)三重県安乗崎灯台 / 右)三重県大王崎灯台
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大王崎は今も「絵描きの町」として知られていますが、波切(なきり)村と呼ばれたその漁村は
明治・大正時代から画家達が盛んに描いてきた一種の理想郷でした。
その北にある安乗崎は(私は観ていませんが)燈台守の映画「喜びも悲しみも幾年月」のロケ地です。
快晴の中、私はある特別な想いでこの二つの灯台を訪れました。
私がそのスケッチを手に入れたのは東寺のガラクタ市で、スケッチブックを切り離した、
あまり上等でない変色しかかった画用紙に、漁村の風景が描かれていました。
何人かの海女らしき女性が腰巻ひとつで働く様も小さく描かれています。
日本の風景だろうとは思いましたが、「腰巻ひとつ」というのが、そういう古い時代のスケッチ
であるということを示している、ということに思い至るのにはすこし時間がかかりました。
さらさらっと描いて数色で彩色した、サインも何もないなんということのない絵でした。
ところが、一度通り過ぎたものの、なんだかそれがとても良い絵に思えたのです。
気になって戻りじっと眺めると、小屋の屋根の陰に猫が眠る様子が描かれていて、
それをみつけたとき、「ああこの絵はある幸福な時間を描いたんだ」と一度に分かったのです。

さっそく持ち帰り眺めているうちに、ふとそれが読んだばかりの本に書いてあった
志摩の波切村の風景であろうということが思い浮かびました。
では、誰が描いたのか?私にはどうしてもそれは素人が描いたようには思えなかったのです。
波切村と画家について調べてみると、土田麦僊・小野竹喬を中心とする京都画壇の画家達が、
大正時代に理想の風景を求めてこの地を盛んに訪れ、以来絵描きの町として知られるように
なったことが分かりました。

「大王崎(波切)に灯台が出来たのは昭和に入ってのことだから、その後に波切に行った
画家ということになるのでは?」スケッチを見ていただいた専門家にそのような教唆を
いただきました。
実はその風景には灯台は描かれていないのですが、スケッチの裏にレトロな木製の灯台が
描かれていたのです。
確かにプロが描いたものだし、そんな昔は誰もが波切に行ける訳ではない筈だということでした。
それでは大王崎に灯台が出来た昭和2年以降なのか?
ところが大王崎灯台は、関東大震災を教訓に、当初から鉄筋コンクリートだったというのです。
では裏の絵はどこなのか?そうしてたどり着いたのが大王崎の北にある安乗崎灯台でした。
安乗崎灯台は明治6年に建てられた木造八角形の当時はハイカラな灯台で、
昭和24年に鉄筋化されるまで稼動していたというのです。
絵を描いた年代範囲が遡りもしましたが、かなり下りもしています。
でも絵には帆掛け舟も描かれていて、昭和というよりは大正ぐらいと考えたほうがいいように
思われるのでした。
それともそう思いたい私の想像力のせいなのでしょうか。
どんなところだろう・・・、間違いなく波切周辺と分かったので、描かれた土地の香りを
嗅いでみたいと思ったのです。

最初に着いた安乗崎は、岬の崖に向って狭い入り組んだ路地を縫うように車で上っていくと、
急に静かな気持ちの良い空き地が広がり、その先に灯台が建っているのでした。
勿論今は無人の灯台ですが、周辺はよく手入れされており、訪れた人を迎え入れてくれる
ような風景なのでした。
中を見学してみると、あのスケッチの裏に描かれた灯台の風景と同じ風景の写真がありました。
灯台の横にある官舎は、最初のうちだけあったものらしく、それが描かれているということは
やはり昭和以前と考えるのが自然なようでした。

大王崎へは駐車場に車を止め、坂道を歩いて上っていきます。
坂道の両側には昭和からそのまま忘れ去られたような土産物屋が軒を連ねています。
当時は漁村として栄え、絵描きの町として観光客が多く訪れたのでしょうか。
幾つもの人の時間が積み重なり、風景というものが生まれてくるのだとふと思いました。
土産物屋が途切れると唐突に大きな灯台が現れました。
そこから今度は浜のほうへ石段を下っていきます。
そんな風に、スケッチに描かれた風景を求めて上ったり下ったりさ迷いました。

漁港付近には干物を売るお店などが並んでおり、1軒の古いかまぼこ屋さんが目に留まりました。
店番をしていた高齢のご婦人は、勿論若い時も美しかったであろう、ちょっとその辺には
いないような美人で、あれこれと品物を勧めてくれました。
店の中を見回すと、この古風な建物を描いた誰かのスケッチや、きっとこのご婦人の
若い頃だと思われる、トラックの窓から顔を出す女優のように美しい女性の写真が掛かっていました。
「ああ、青春なんだなぁ・・・」と思わずありふれたことを思ったのですが、
ふとその時私は、あのスケッチを誰が描いたかを知ろうとここに来たのは、
ある輝いた時代の画家達の青春を確かめにここに来たということなのだと思い至ったのでした。
あの粗末なスケッチが私に訴えるのは、憧れの地に来てその光や空気、自身の躍る心までも
描いてしまったひとりの画家の青春ではなかったかと思うのです。
その力に動かされて私は灯台を探しに来、風景に遠い時間を重ねて見つめているのでした。

左)岬にあった初代安乗崎灯台の模型 / 右)スケッチと同じ安乗崎灯台の昔の写真
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絵のこと | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
スケッチの風景を探して……素敵な旅ですね。
当時の画家さんのスケッチをした気持ちまで思いを馳せるなんて
なかなかできないことです(*^_^*)
ミケアさんの豊かな心がそれを可能にしているのですね。

それにしても初代の安乗崎灯台の模型……。
これ、私が知っているあの灯台によく似ています。
 ※あの灯台……→http://www.city.sakai.lg.jp/kyoiku/_syougai/_kyouiku/bunkazai/lighthouse.html
作られた時期が同じようなときなんでしょうかね。。。

towaさんへ
スケッチはほんとに何ていうことのないものなんです~。
それなのに・・・我ながら自分の妄想力には驚かされます(笑)。
絵は昔から好きだったんですが、鬱から復活してみたら
世界がキラキラしていて、そういうものをある種の絵の中にも
見つけるようになって、身近に感じられるようになりました。

「あの灯台」・・・実は私もそれを知っていたんで、
最初はそれかと思ったんですよ~。
安乗崎は明治6年、「あの灯台」は明治10年だから、
確かに同じ様式なのかもしれませんね!!
そんな風にいろいろ分かるとまた楽しいですね♪

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