2005/12/05.Mon

淡路焼交趾手豆皿

淡路焼は今から約200年前(文政年間)、淡路島の南淡町の賀集平によりはじめられ、
徳島藩藩主蜂須賀公のお手窯として、幕府や諸大名への贈答品から、庶民が日常使う器に
至るまでを焼いていました。別名「平(みんぺい)焼」ともよばれています。
「交趾(こうち)手の皿」は、中でももっとも一般的なもので、緑、紫、青、黄、茶等、
様々な色があり、また陽刻や陰刻で様々な文様が施されています。
前回の御深井の皿とは対極にあるような皿ですが、宝石のようにキラキラして、
小さい中に様々な文様があったりして、幾つかあるとなかなか楽しいものです。

緑色の皿は龍の陰刻で、最も一般的なタイプだと思います。
裏面に淡路焼のマーク、「千鳥」が押されているのが可愛いです。
淡い青のものは少し時代が下がるのかな、と思いますが、様々な幾何学的な小紋を、
陽刻で表しているのが、ほんのり白く浮かび上がって綺麗です。
茶色と青の二彩のものは、正面を向いた龍を陽刻しています。

交趾(こうち)とは元々ベトナムを指す言葉で、 交趾焼は、元・明時代に造られた、
軟陶質の三彩や黄・緑・紫釉陶などの総称です。
主な産地は中国の南部地域(福建省など)とされています。
現在のベトナム北部を通商した商船 (交趾船)によって運ばれたため、そう呼ばれました。
交趾手は、形成後、文様の輪郭を線で区切り、釉薬が混ざらないようにして配色を施したものです。
緑、紫、青、黄、茶等の色があります。

江戸時代後期~明治時代
楕円緑(長径7.5cm)、角淡青(一辺8.2cm)、円二彩(直径8.7cm)

20051205164837.jpg

20051205164848.jpg20051205164856.jpg20051205164906.jpg

関連記事
スポンサーサイト
 ◆にほんブログ村に参加しています!お気に召しましたらポチッとお願いします♪
 にほんブログ村 美術ブログ 古美術・骨董へ にほんブログ村 美術ブログ 絵画へ    
ものたち | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
おお、今度は平ですね。
これも、好きですよ。
(結局、やきものはみんな好きだったりして。笑)
飴色に青い五爪龍が、いい出来ですね。
そういえば、日本酒の会に二代平の三彩の盃も、持参しましたよ。
今度、UPしますね。お楽しみに。(*^_^*)
そうなんですよね、あちこちのお国焼、それぞれみんな特色があって、大好きです。
>飴色に青い五爪龍が、いい出来ですね。
これだけ丸い高台の接地面が無釉で、ベージュ色しています。
(平は白っぽいイメージがあるんですが・・・)
平の三彩の盃、楽しみにしてますね~。

管理者のみに表示