2011/01/05.Wed

「日本近代の青春 創作版画の名品」展 (加藤太郎 蔵書票)

201012宇都宮 015
(宇都宮美術館 1月10日(月・祝)迄)

和歌山で開かれていたこの展覧会に行きそびれ、はるばる宇都宮へと遠征したのは
12月19日(日)。
いっぱい予定を詰め込んでいたので、宇都宮駅から開館前に着くバスで美術館へ・・・。
新興住宅街のまた奥にある美術館で、霜柱踏み踏みしながら開館を待ちましたよ!

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いつも絵のことをいろいろ教えてもらっている知り合いの画商の方が、創作版画をひろく扱っていて、
時々見せていただいては「いいもんだなぁ」とは思っていました。
でも、まだまだ未知の世界という感じで、そんな訳でこの展覧会は是非見たかったのです。

創作版画というのは、1910年代以降のヨーロッパからの新しい美術の潮流により
日本に興った美術運動で、浮世絵に代表される日本の伝統的版画、絵師・彫師・摺師という
専門家による分業の版画に対し、自画・自刻・自摺により自己表現を試みる版画を指します。
日本における1910年代から40年代の創作版画の勃興を「近代日本の青春」と称し、
展観を試みたのがこの展覧会です。

まず入ってすぐに展示されていたのが、山本 鼎《漁夫》1904年。
山本鼎

創作版画の幕開けを象徴する作品だけあって、荒々しい彫にやはり強い印象を受けました。
バーナード・リーチのエッチングを眺めながら岸田劉生(《The Earth》1915年)にたどり着くと
岸田劉生

大正時代の象徴的なムードが強くなっていき、香山小鳥などの好ましい作品なども。
でも、今回初めて現物を見て強く心を揺さぶられたのは、やはり「月映(つくはえ)」を
発行した、田中恭吉・藤森静雄・恩地孝四郎の三人、なかでも若く病死した
田中恭吉の作品です。(《五月の呪》1914年)
田中恭吉

展示でも「ひとつの頂点」としていましたが、確かに「青春時代」にしかない
原石の輝きがそこにあるように思います。
展示では、彫師・摺師との共同制作となる伝統的手法による同時代の版画も出品されて
いました。
本で見て好きだなと思っていた、竹久夢二の「得度の日」が出ていたのが
うれしかったです。
夢二調の女性像ではありませんが、却って美しい一枚の絵だと感じます。
(創作版画家達に与えた夢二の影響はとても大きいものだったそうです。)

大正末期から昭和にかけては、まず棟方志功を版画に向わせた川上澄生。(《鬼ごと》1928年)
川上澄生

(実はこの日、栃木県立美術館でしていた「川上澄生」展も愉しく見てきましたが、
初期のうぶさのある「春の伏兵」1924年、などもよかったです。)
この時代のヒーロー(といっても当時は本人が栄養失調死してしまったほど、
食べてなどゆけなかったのですが)は、やはり谷中安規でしょうか。
(《ドラゴンズドリーム》1939年)
谷中安規

そんな悲惨な現実にもかかわらず、彼の版画は見る人を愉しくさせてくれます。
それから、洲之内徹でおなじみの藤牧義夫の「月」1934年などもありました。

あ、と思ったのは同じく洲之内徹も書いていた加藤太郎の作品です。(《トンボ》1944年)
加藤太郎

洲之内徹を読んだときにいくらかは印象には残っていたのですが、
現物を見て、何かとても強い印象を受けました。
どういっていいかずっと整理ができずにいるのですが、田中恭吉もそうでしたが、
見ていると何かがこちらに流れ込んでくる感覚。
加藤太郎も終戦を前に亡くなっており、天才であったと言われながら
現存する作品がほとんどないと、確か洲之内徹も書いていました。
展覧会は加藤太郎で終わっていて、創作版画の青春時代の終わりと、
戦後の日本の版画の繁栄の始まりを示しているようでした。
それにしても、大正から終戦までの日本の美術界というのは
ほんとうに若々しくて荒削りな、珠玉の作品たちが星のように散らばっている、
不思議な時代だなと思います。

さて、元旦に知り合いの画商の方のところへ行ってみて、
あ・・・と驚いたのは、あれから引っかかっていた加藤太郎の版画
(小さな蔵書票ですが)がそこに掛かっていたからです。
ささやかな作品だけれど、まるでよく切れる小さなナイフのように密やかに輝いていて、
あのときの不思議な感覚の続きがそこからまた流れてくるようでした。
果たして私は、これを東寺のガラクタ市で見かけたとしても、
その輝きを見逃さないであろうかと自問してみたりもするのですが、
確かに「加藤太郎」と書いてあったには違いないのですが、
それでも何気ない蔵書票のようでいて、T・Kと刻まれたイニシアルが
静かに鮮烈に私の中へ流れ込んでくるようなのでした。
「それは蔵書票にしてはいいお値段だからねぇ~」という知り合いの画商も
「だけど、なんでもないようだけど全然違うよ。」

手に入れたものをよく消化しないままここに挙げるのはためらわれたのですが、
とにかく私は、一体何を受け取っているのか、私の意識に流れ込む
他者の意識についてしばらく考えてみたいと思います。

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