2011/10/19.Wed

一膳一膳 (備前桃型豆皿)

百均に並ぶ器を見ていてつい思うことがふたつある。

その一:こんなにじゃんじゃん器を拵えて陶土や陶石はなくならないのか?

我ながら小市民の発想だとは思うのだけれど、百均の物量には圧倒されるのである。
でもその心配は全くの杞憂というわけではなく、現に九谷焼の花坂陶石枯渇、
というニュースを聞いたりもする。
やきものは土には戻せないというのが哀しいところだけれど、近頃は砕いて陶土に混ぜる
ことで別のやきものに再生するという技術もあるのだそうだ。
ザンネンな姿に焼かれてしまったものたちには、生まれ変わって幸せになって
いただきたいものである。

さて、ということは、一度焼かれたものたちはやはり大切に使わねばなるまい。
(「ふるいもの好き」はこの点において唯一社会的評価を得られるようにおもう。)

昨日も紹介した備前焼の、こちらは豆皿である。
桃太郎伝説の地のひとつ、岡山の桃というところが心憎い。
(ちなみに六古窯のひとつである備前焼も良質の陶土の確保はなかなか大変らしい。)
実は上のひとつには桃のてっぺんに欠けがあるのだが、できることなら直してやりたい
と思っているところである。

blog 7509
百均にて思うことのもうひとつは、

その二:ザンネンな器がままあるが、それらは百貨店や陶器市でもあり得るものである。

百均だからして多少ザンネンでも仕方がないのであるが、
これからの百均には、いっそうの無印良品的品揃えを期待したいものである。
(ましてや百貨店や陶器市には資源を無駄にしないよう、よりいっそうの努力を期待したい。)
高級にとかそういうことではなく、うつわは毎日の食事を美味しくいただけるもの、
そういうものであって欲しい私なのである。

さて、豆皿は愛らしく意匠にも工夫が凝らされたものが多いので、つい集まってしまう。
これらを見ていると、昔の人がいかに食事を大切にしていたかがしみじみ思われる。
こんな小さな器ひとつにも心をくだいて、一膳一膳大切にいただいたのだと。
そうして、私は日々の食事をなんとおろそかにしているかをつくづく思うのだ。

どうか・・・こんな私も昔の人のように、不老長寿の桃にあやかれますように。。

blog 7508
(長径8.2cm)
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