2011/10/29.Sat

麗子、いっぱい。 (「岸田劉生展」)

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生誕120周年記念「岸田劉生展」
11月23日まで、大阪市立美術館にて

「お待たせしました、麗子です。」とか「麗子、いっぱい。」とか、
すごいキャッチコピーである。
グッズ売り場には麗子のスタンプやシール、付箋まで売られていた。
やっぱり麗子って国民的スターなんだなぁ。。。
いや、誰もが初めて教科書で麗子を見るとき、きっと少なからず衝撃を受けるんだろう。
ある種トラウマと言ってよいのではないだろうか。
だってね、日本の油絵の名作と呼ばれるものが、何故にこんなグロテスクなのかと、
良識ある子供ならフツーそう思うよ。。

昨日は夢二のことを書いたけど、劉生も大正時代、若い芸術家(洋画家)を熱狂させた
大スターだった。
草土社展に出品した『切通しの写生(道路と土手と塀)』も出展されていた。
当時、若い洋画家達の絵が皆「草土社風」といわれたほど他に影響を与えた作品だ。
そしてやがて、麗子の連作におけるでろりの美へと至る。
展覧会は、それ以前の白樺派を通じて後期印象派の影響を受けた時代のもの、
自らの画風を模索すべく、多くの自画像・「劉生の首狩り」と言われた友人の肖像を
多産した時代のもの、それにエッチングや木版の装丁、日本画と多彩である。

劉生は当時日本に一気に流入した、西洋美術の潮流からは距離を置いて独自の道を行った。
劉生の作品をみていつも思うこと、油絵、水彩、デッサン、エッチング、木版、日本画・・・
いずれにしても彼は、今ここに存在する「もの」を作りたかったのではないかということだ。
単にキャンバスにおける色彩表現などというものではなく、絵という「もの」に
耽溺しているのではないかと思う。
何故なら、古いものをいじっている身としては、劉生のものは「持って帰りたくなる」
存在感に満ちていると思うからである。(そのへんのことを以前こちら@にも書いた。)
とはいえ、じゃあ盗んでも欲しいのか?と考えてみると、たとえば展示されていた
「カチカチ山」の装丁木版のように軽妙なものは楽しいけれど、どれにもあまりに
劉生が満ちていて、一緒に暮らすにはきついだろうなぁ、と思ったりするのだった。
「麗子、いっぱい。」は、私の場合やっぱり展覧会で眺めるに限るようだ。

天王寺公園(遠くに通天閣も!)と大阪市立美術館
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公園ネコも「いっぱい。」
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おまけ・先日北陸から到来したもので「いっぱい。」
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・・・「カニで一杯」なのであった。
径10cmとぎりぎりの大きさの李朝たち・・・ぐびっと飲むには抜群である。
カニおいしかった♪、ということで盃のことはまたいずれ載せることにするのであった。

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