2012/08/24.Fri

時代を生き抜く (ユリイカ 「野見山暁治 絵とことば」」

blog 8754

札幌の三岸好太郎美術館の次回の特別展「<猫>が気になる。」
(2012年9月8日(土)~10月21日(日))になんと猫のタロー様が特別出演される
そうである。パンフもチケットもコウタローではなくタローなのだ!
タロー様とは、長谷川りん二郎作『猫』(1966年)のことである。
現在宮城県美術館に所蔵されている、洲之内コレクションの中でも人気の作品だ。
洲之内徹は現代画廊の最初期の頃、三岸好太郎展をやりたかったそうである。
その三岸好太郎と洲之内コレクションのタロー様の競演とは心憎い演出である。
ちなみに「<猫>が気になる。」の<猫>とは、三岸の描いたファンタスティックな
長靴をはいた猫、みたいな『猫』(1931年)のことである。
いろんな画家が描いた猫が集結するそうなので、難しいことを考えずに楽しんで
絵を見たい方はぜひ覗いてみてはいかがかな。(もちろん三岸の主要作品も展示!)

話は変わる。
去年、土方明司氏の企画された『画家たちの二十歳の原点』という展覧会で、
いろんな画家が二十歳前後の最初期の頃に描いた絵をたくさん見て、
印象に残った作品が幾つもあった。
その中で、靉光の『コミサ』(1929年)や野見山暁治の『マドの肖像』(1942年)について、
少し暗くて言ってみれば地味な作品だと思ったけれど、妙に強く印象に残った。
そういうこともあって、文書も書く野見山暁治という画家については気になっていた。
先日、書店で見つけてこちらの本を買ってみた。
(ユリイカ 8月臨時増刊号 「[総特集] 野見山暁治 絵とことば」)

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野見山暁治氏の作品の図録のほか、インタビューや氏の文章、他の人が
野見山氏について書いた文章などが収録されていて、なかなか面白い。
(因みに義弟にあたる、田中小実昌氏の文章も入っている。
ド素人の私にはあの、「マドの肖像」のマドこと野見山氏の妹さんのご主人が、
田中小実昌氏であるというのは、なんとも驚愕の事実なのであった。。)
野見山氏は文書だけでなくインタビューも面白くて、つまりはこの人の把握する
世界観が豊穣なのだろうなと思った。
けれど、同じ時代に生きる日本人でありながら、戦争の時代を生き抜いた世代の野見山氏と、
戦後の消費世代の私とでは、見えている風景が全く違うものであるというのも痛感した。
前の世代の生き方を知ることで、「覚悟」というものを育てることは可能であろうか。

さて、野見山氏のインタビューや、いろいろの文章を読んで、私に『マドの肖像』が
示したことがすこし分かったように思う。
中に収録されていた窪島誠一郎氏の文章で引用されていた、野見山暁治氏の言葉。
「無言館をもくろんだ当初から、僕たちは、戦争という言葉を避けてきた。
<戦争>に限定してしまうと、彼らの遺した作品の意味が普遍性を失う。
元凶は何であれ、死の執行猶予を言い渡された若者がどのように生きてきたかという
ひとつの証言が大事だったからだ。それらを掬いあげて多くの人々に知ってもらいたい
と願ってのことだ。」

ところで、この本の中で野見山氏のエッセイ選集を編集しているのは福田和也氏である。
中に、「共倒れだな、洲之内さん」というエッセイがある。
おそらくは洲之内徹への追悼文であろう。
これを選んだ福田和也氏は、ネット上で「徹底的に洲之内を批判した野見山暁治という
「才能」」という文章を書いている。
それを読むと野見山暁治は洲之内徹に辛辣であったかのように読み取れる。
確かに、「共倒れだな、洲之内さん」での洲之内徹の描写は辛辣というか容赦ない。
だけど、がむしゃらにひたすらに生きたような戦前あたりの画家たちと
「共倒れ」してしまった洲之内徹への静かな追悼の念を私は思ったのだけれど・・・。
戦争を通過して、洲之内徹は戦後になっても世の繁栄に背を向けて、
破滅的な生き方をして、死んだ。絵や女や酒や音楽だけにようやく縋って生きた。
ひとつの意味では、戦争という時代が人に何を及ぼすかの実験のようなものだ。
洲之内徹は、一生をかけて学生時代のマルクス主義からの転向をしていると
自ら書いていたけれど、野見山暁治は、戦後という繁栄に「転向」できずに
「共倒れ」してしまった洲之内徹に同情の念を持っていたのではないだろうか。

同じく掲載されていた「戦争画とその後-藤田嗣治」も有名な文章である。
藤田に対しても、野見山暁治は冷徹なまでの観察眼で描写しているけれども、
やはり私はそういう微かな共感の念のようなものを感じた。
戦争画を描いた戦犯というレッテルに賛成でもなく、反対でもないだろう。
ただそうやって時代に巻き込まれたひとりの人間の描写として秀逸である。
藤田は絵を描くこと以外には無邪気で愚かで、あんなふうになってしまった。
だけど彼は戦争画を描いた自分自身について「転向」はしなかった。
そのことは、やっぱり私には彼なりの誠実であるように思われる。
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