2012/11/15.Thu

チケットを手に (吹きガラスリキュール杯)

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こんな小っちゃいもの何に使うんだろうなぁ・・・と思いながら、
ガラの中からついつい保護した昭和の吹きガラス。
脚や算玉の太さが違っていたり、口辺が歪んでいたりしているけれど、
決しておろそかではないので、見ていて何やらほっこりする。
(一緒に保護したものだけれど、何故かカットの模様が違っている。)
ふたつとない美しいものを求めるのも心躍ることではあるものの、
ちょこっとうれしいものを行きすがら拾うのも、やっぱり愉しい。
つくづく自分は「見る」のが好きな人なのだと思う。

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(高さ7.1cm)

さて、珍しくウィンドウショッピングなどする。
ディテールまで行き届いた作りの服など見ると、よいなと思う。
買おうかなとは思うのだけれど・・・。
その足で、ちょっと絵を見に行く。
「ちょっと」というときは、展覧会じゃなくてお値段付きの絵のあるところ(笑)。
油断しているときに限って、目に飛び込むのだよね。。
「しまったなぁ・・・。」とか「困ったなぁ。」という感じ。

可能性、というのか、見る側を見えるもののもう一つ先へ連れて行ってくれるような、
そういう余地のある絵を見た気がする。
どうしてこれを美しいと感じるのか?そういう疑問でいっぱいになる。 
好奇心、と言い換えられるかもしれない。
それがなかったら、絵は展覧会で見ていればよいのだ。
一緒に暮らさないと姿を現さないから、買うのだから。
私にとっては絵も「もの」なので、「もの」として欲しくなるのがよい絵なのだ。

まだお若い画家ということであったけれど、もういくつか赤丸のついたものも。
私がどきりとしたものには、ついていなかった。
人の好みというのはおもしろい。

古典の旋律を聞くような気がしたのは、発展途上のようでいてずっと堅牢な
マチエールのせいだろうか。
画廊主とおしゃべりしながら、ふと別のことから松本俊介展に行った@話をした。
すると、この画家には松本俊介と共通する要素があると言った人があるという。
(技法的には共通点はあるのだけれど、俊介チックな絵という訳ではないのだが。)
松本俊介を見た後、もうすこし何かが自分の中で熟していく気がしたけれど、、、

そのチケットを手にしたら、も少し遠くの景色が見れるだろうか。。
たまにはね、しっくりする着心地の、上等な服を着なくっちゃ、と思うのだけれど。
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