2013/09/26.Thu

鬱と実りの秋と (伊万里色絵くらわんか手葡萄栗鼠文膾皿)

久しぶりに鬱帝国を彷徨っている。
春や秋の移り変わる季節は良いけれど、体調管理には要注意である。
一時的なことだとは分かっているので、ここは耐え忍ぶしかない。
意味もなくひたすらに辛いのであるが、我慢強くないので
のんちゃんとか、あちこちに泣き言を言ったりしてしまう。。
気を紛らわすのにブログを書いてみたりしているのだが。

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とはいえ、まだ食べ物は美味しいと思えるからたぶん大丈夫なのだろう。
梨のシーズンがやってきたので、近頃みつけた膾皿に盛ってみる。
(要するに、何かに膾皿を使ってみたかったのだが。)
焼き継ぎ直しと甘手という、完品の残骸?らしきものたちである。
真ん中に値札が貼ってあって、何かが隠れていたので見ると・・・

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あらら、しっぽふさふさのリスだったのね!
これは葡萄に栗鼠の文様だったのかぁ。

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こっちの甘手のほうは、リスがわしわし食べている葡萄のお色が
塗り分けてあったりしてまた可愛い。

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(径15cm)

よく見ると葡萄の蔓も描いてあって、まあるい葡萄の茂みのおうちで
たらふく実をいただいているリスの図なのであった。
この手の色絵はよくよく好きだなぁ・・・と自分でも思う。
重ね焼きするための見込の釉剥ぎの部分に色絵を施していて、
要するに隠すために描いている絵なのだけれど、
それが千差万別なのが愉しくって、つい見つけるとうれしくなる。
釉剥ぎの円形を何に見立てるか、限られた中にも工夫があって、
この膾皿だと葡萄で出来たリスのおうちだったりする訳である。
色絵だけれど豪奢ではないところもお気に入り。
まぁ、染付と違って使い易いかと言われればビミョーだけれど、
それでも小深いのでクリームシチューぐらいならよそってみたい。

そういえば、こういう色絵が好きなのは、長患いの後、
鬱帝国脱出の光が見えた頃に出会ったこのお皿の思い出@にも
あるような気がする。
思えば本当に鬱だった頃、こういう小さなものにも心が動かなくて、
これって生きていると言えるのだろうか、って思っていたっけな。
生きているんだからいいんじゃないかと思う人もあるかもしれないけれど、
心が生きていないというのは、どれほど希望がないものかと
今もやっぱり思ってしまう。




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