2013/11/04.Mon

汽車旅について (藤田嗣治展)

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ほらもう時間ないよ~!
旅先でちょっと時間が空いたので、またまた骨董屋さんを覗いていたら、
のんちゃんからお声がかかった。
考える間もなく慌てて持ち帰ったのはごく普通の印判の膾皿・・・
なんだけれど、小っちゃくって可愛かったんだなぁ♪
ほんの10.5cmほどなのです。
こんな小っちゃくて、膾皿としての用途があるのか?
秋田でのこと、骨董屋の女主人が「この大きさの三平皿は珍しいの。」
と言うのを聞いて、「三平皿」という言葉の響きに魅せられた。
そういうほんの一瞬に、あぁ旅なんだって思いがかすめる。

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菊と芭蕉と氷裂に梅文。

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小さくっても高台がしっかりしていて、おトクな感じ。
これが掌に載るものだから、旅のお供になってしまうのであった。

若い頃、よく日本海側を走る特急「白鳥」に乗っていた。
ちょうど今のトワイライトエクスプレスが走る時間帯を走っていて、
日本海の夕日など、ぼーっと眺めたりしていたものだ。
特急と言いながら、リクライニングもしない座席で、
出稼ぎのおっちゃんに鮭弁をごちそうになったこともあった。
あの頃は、本当に秋田は遠い所だった。

この度は、当然飛行機に乗ったのだけれど、遠くに富士山が見え、
それから南アルプス、御嶽、すぐ下には雪を被った白山も見えた。
北陸では、遠くに神々しく遠くに坐する白山がこんな風に
見えるんだ・・・ご神体だから、なんだか不遜であるような気もして。。
そんなことを思ってしばらくすると、鳥海山が見えてきて、
あぁ東北に来たんだなぁ、って、気がつくのであった。

秋田へは、久しぶりにフジタを見に。

(飛行機の中、洲之内徹の気まぐれ美術館シリーズ「セザンヌの塗り残し」から
「藤田嗣治の魅力について」を読む。
この間見たフジタの静物画の小品について、、美術館から持ち帰りたい
衝動に駆られた、と書いてある・・・同感!
洲之内徹がエンターティナーのフジタを否定しないのはすこし不思議なようだけど、
絵を描くことは抜群に器用、生き方のほうも一見器用でいてじつは結局不器用で、
絵を描いていればいいという、「絵描き」だったからかななどと思う。)

さて、大作「秋田の行事」を中心に、フジタの1930年代の作品を
秋田県立美術館で見ることができる。
最近、老朽化のため美術館が建て替えになって、「壁画<<秋田の行事>>からの
メッセージ」と銘打った展覧会を開催していた。
美しい裸婦を描いた乳白色の時代を経て、南米を経て日本に戻った、旅の時代。
この時代の圧倒的な人物描写を経て、あの戦争画を描いた。
(そういえば、子供の頃に本でフジタの戦争画を見た記憶があって、
絵にもこんなに暗くて恐ろしいものがあるのかと思ったことを覚えている。)
そういう意味で興味深い時代の作だ。

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安藤忠雄設計の美術館からは向かい側に、昔の平野政吉美術館が見える。
(下画像の右の建物)
以前ここにフジタを見に来たときはとても空いていたけれど、
この日はたくさんの人。

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一階に、レオナール・フジタと秋田の繋がりに関する資料類。
フジタが来秋したときの記録が幾つか残っていて、それには
昭和11年7月11日とあった。
やっぱり、4番目の妻マドレーヌが亡くなってフジタが秋田へ行ったのは
その頃だったんだ。。
(そのときのことについては、こちら@に書いた。)

旅慣れた彼にとって、秋田行きのこの汽車旅はどんな旅だったのだろうか。
(さっぱり展覧会の説明にはなっていなくって申し訳ない限りだけれど、
私にとってはフジタの「旅の時代」を確認するという、
そういう「旅」の記録なのであった。)

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